慶伊道彦 IVY STYLE 手引き / WEB雑誌 “OPENERS” 記事より

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

今は休止になっていますが、WEBマガジン “OPENERS” 2015/06/22 インタヴュー記事より抜粋し再編集してみました。以下、抜粋〜

*引用写真*

「男目線の服装が好き」と語る慶伊さん

――慶伊さんがオリジナルにこだわる理由はなんですか?

本当は既製服の方がコストパフォーマンスの面でもいいんです。でも、サイズと感覚でズレがある。

感覚的にもいまの服はぼくにとってはモダンすぎます。ファッションすぎて嫌なんですね。

これは感覚的な表現になるかもしれないけれど、デザインが女性目線なんです。

――媚が見えるんですね。

そう。あるときはイタリアすぎて、そしてあるときはイギリスすぎる。

ぼくは男目線の服装が好きです。それはつまり普遍のスタイル。1950年代、60年代の松竹や東宝映画に登場する俳優たちの格好ですね。男から見て、カッコいいと思える服装です。

――そうしたこだわりは、慶伊さんがフェアファクスを立ちあげられたキッカケにもつながるのですか?

そうですね。ぼくはそういうシーンをずっと追いかけてきた気がします。

はい、ぼくがネクタイを着用するようになったのが18歳ぐらい。IVYルックが注目されはじめた1967年ごろの話です。当時のIVY少年は、みんなネクタイを締めていたんですね。それは少年が、大人の男になるための通過儀礼でもありました。

ぼくがはじめて手に入れたのは、「菱屋」といういまは無き老舗ネクタイ屋の黒のニットタイとポプリン織りのレジメンタルタイ。ポプリンとは平織りのスタンダードな織り方です。その「菱屋」に、ぼくはやがて勤めることになる。当時は学生運動が激しく、就職するにも厳しい時代。ですからまずは丁稚奉公(でっちぼうこう)をしたんです。

当時のネクタイ屋とは、いまで言えばスニーカーショップみたいなものです。そこでぼくは、自分ではじめて購入したネクタイと同じものを、今度はお客様にお勧めして、大ヒットを飛ばしました。

振り返ると、それが自分の原点だった。

――日本で初めてポロ・ラルフローレンと契約したのが菱屋。その時の契約締結を導いた担当者が慶伊さんだったとお聞きしています。

*引用写真*

ええ。1971年にNYとワシントンに出張に行き、ポロ・ラルフローレンというブランドを初めて知りました。このブランドは、その時、すでにアメリカで大ヒットしていましたが、日本ではまだ存在が知られていなかったんですね。IVYしか知らなかった自分も、ラルフローレンの“ニュートラッド”の世界に、ある種のカルチャーショックを受けました。

それから2年後、ネクタイのみの短期間契約ではありますが、ポロ・ラルフローレンブランドの日本での販売契約を結びます。ラルフローレンは、ネクタイブランドとしてスタートしましたから、彼自身、ネクタイに並々ならぬ思い入れがあって。きっと老舗ネクタイ屋ならいいだろうと思ってくれたのでしょう。

これは自慢話になってしまいますけど、ラルフローレンの当時のオフィスとデリバリーハウスを知っているのは、日本ではおそらくぼくだけですよ。

――そのビッグブロジェクトを成功させた後、1976年に「菱屋」を退職。そして、会社を設立なさったんですね。

はい。その通りです。

小さくてもラグジュアリーでありたい

――社名のフェアファクスは、アメリカのワシントンにあったホテルの名前から取られたんですね?

そう。はじめは「Ryu Fashion(リューファッション)」としていたんですけど、これじゃダメだと。独立から3年後の1980年、その年の『GQ』8月号に掲載されていたホテルの記事を見て、すぐに社名変更したんです(笑)。

社名は雑誌『GQ』で偶然見つけた、アメリカのワシントンにあったホテルの名前に由来する

*引用写真*

――いわゆるスモールラグジュアリーホテルですか?

ええ。ホテルの雰囲気を掴むために、幾度となく足を運びました。当時はまだワシントンに行く人もそれほどいなかったから、とても貴重な体験です。

アメリカで大人の世界を知ろうと思うと、クラス社会に行き着くんです。ワシントンにはホワイトハウスがあり、クラス社会が残っていました。そうした雰囲気は、ホテルで掴むのが手っ取り早い。とりわけホテルのバーは、大人の入り口なわけです。”FAIRFAX BAR”

小さくてもラグジュアリーでありたい。それが社名に込めた思いです。

当時の FAIRFAX HOTEL にて

――精神性の高みを目指す、その意気込みが伝わってくるようですね。

ぼくには「座右の銘」なんてカッコいいものはありません。あるのは“身の丈”と“やせ我慢”。マスマーケットには行かない。アパレルにはならない。極めて自分の身の丈にあったところで、やせ我慢をして、スピリットをコアにする。そういう感覚が自分のやり方なんです。

――ところで、慶伊さんにとってのアメリカの良さってなんですか?

ひと言で表現するならスタンダード。奇をてらっていないという面では、イギリスやイタリアとは少し違うと思いますね。彼らは貴族社会からの慣習を残しているでしょう。アメリカの場合は、それを完全に一般化している。そこが好きですね。

――大量生産のなかで、ハイクオリティを狙っていく。大衆のための高品質……。

そういうことですね。その方が、より削ぎ落とされた洗練さが表れているような気がして、ぼくは好きなんです。いろんな好みはあるとは思いますが、ぼくの場合は、少しチープな方が性に合っているんでしょう。

* 以上、雑誌 “OPENERS” インタヴュー記事より抜粋致しました *

追記) つまりは、僕のスタイル原点は、既製服全盛期の50~60年代のアメリカン・トラディショナルが、ベース。そこに、80’s のヴィンテージ感覚をミックスさせるスタイル。

ですから、本来はレディメイドの方がカッコいいはずなのですが、何故か、アパレルメーカー側も、妙にトレンド意識の強いクラシコスタイルなどを作る。だから、欲しいものがマーケットにないので、オーダーとなる次第。ヴィンテージショップには、わんさかありますので、その辺りが最近 Vintage Shop の攻勢が強まっているゆえんかもしれません。

ここは、アパレル関係者さん!50~60年代のストックや雑誌、映画、Jazz、などからもう一度勉強をやり直したらいかがでしょうか。

*引用写真*

—-全文を読んでみようと思われる方は、是非 #OPENERS または #慶伊道彦 より検索してください—-

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慶伊道彦 IVY STYLE 手引き / バンカラ・アイビーって何?

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野暮ったさこそトラッドの魅力

アメリカのウェアは、働くためのウェア、ヨーロッパの服にはシックがあるが、アメリカの服は、機能本位でむしろ野暮ったいものです。ヘビーデューティにも共通する。ネルシャツの衿元から白いアンダーシャツが見えるっていうのが、とても野暮でいい感じ。ウエスタン・スタイルなども野暮ったさの典型。

ラルフローレンも語っています。” 男達は、そこらにあるモノを構わず重ね着組み合わせして着る、しかしそれが実に様になる!これが求めるスタイル “

以上、MENS CLUB より引用写真です

アイビー・リーグは、そもそもが清教徒の移民達が、子ども達の未来のために東海岸につくった大学。当然、プロテスタントの教義である、質実剛健たる精神教育が行われた。また、全寮制による厳しい規則の反動がバンカラにも繋がったかと。そして質素を重んじる事からきたディテールも多い。しっかりたたかれたステッチは、洗濯で破れないためであり、エルボーパッチは肘の補強でありと、全てのディテールには、生活の知恵から出ている。

<MENS CLUB / くろす・としゆきコラムより写真引用>

日本でも、明治維新前後の若者たちはバンカラを愛したが、これもエリート気質の一端か。旧制高校の寮生活のユニークさはまさにバンカラ愛。もっとも我ら貧乏人は、いっぱいいっぱいの生活で、リアルバンカラ。それゆえ一張羅という逆言葉のスタイル用語ができるが、これは余談である。

==小林泰彦氏が、MENS CLUBに寄稿した絵と文== なかなか含蓄に富んだスタイル提案!

== MENS CLUB / IVY校キャンパス巡りより引用 ==

上記の写真からも読み取れるように、スタンダード、ユニバーサル、オーソドックス、それに無造作なのにクール!そんな感じをうけるアイビースタイルです。どれもが、自分達の手持ちにありそうですよね。少し物足りなさそうなくらいが、ちょうどいいのです。

以下、そんな気分で僕がトライしてみました。全て手持ちの普段着から組み立てしたスタイルです。

まずは、ラルフローレンが語ったように、そこらにある物を構わず適当に重ね着しよう、そこに、その人のオリジナリティが生まれるかと。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / Ralph Lauren 二度目の来日 ’78

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

1978 / 12 MENS CLUB トラッド・ルック特集号より〜引用編集した、ラルフ・ローレン来日インタヴュー記事

その際の発言から、70年代後半のアイビー、プレッピーの進化系を感じることができる。

**来日は二度目、前回のインタヴューから二年後ですが、ラルフローレンさん自身どういう風に変わってこられましたか。(‘78)

アイビーリーグのソフィスティケートされたスタイル自体はずっと守ってきています。ただ生活自体が変わることで、それがものの考え方や着るものにも反映されてきています。

10年程前にポロを始めた頃は、フランネルのスリーピースなど割とエレガントなものを好んできていました。その後、スポーツウェアの影響をうけて、アウトドアの要素も取り入れたスタイル、テニスやジョギングといったスポーツウェア、そしていわゆるウエスタン・クロージングの要素も取り入れてきています。

ヨーロッパが牽引していたファッションは、いまやアメリカ自身の中から、独自のスタイルが育ってきていると思うんです。私自身、ダウンベストを着たり、カウボーイハットをかぶって、自然の中で自由に生活していた時があるんですが、こういったアウトドアの生活が、人々の間でより求められてきていると思います。こういったアウトドアの生活の一番強いイメージがウエスタン調、つまりカウボーイのスタイルにあるのではないかと思います。

私自身、服そのものをデザインするのではなく、一つのコンセプトをデザインするのだと思っています。大体、服というものは好きではないし、ファッションと言われるのも嫌いなのです。自分のイメージ、物の考え方全体がスタイルとして表れるものだという風に考えます。

私自身、英国の服のもつクラシックでエレガントでリッチなイメージは大切にし尊敬というか、憧れを持っていますが、また一方で、カウボーイブーツやジーンズの良さというのもとても大切に思います。

今日のエクサイトメントはステータスシンボルにあるのではなく、ユーティリティにあるのだと思います。若い人達にとって一番必要かつエキサイティングなのは、ピックアップやハイキングブーツ、ジーンズといったものに代表されるような生活そのもののスタイルに密着したものであって、決してファッションの側から服を選ぼうという事ではないのです。

実用性、機能性が一番大切なんであって、着込むほどによくなる、といったようなものが良いわけです。

**日本の若者も、昔ながらのトラディショナルなもの、例えばチノパンやボタンダウンシャツ、それとアウトドア志向のアイテム、ハイキングブーツ、これを融合させたスタイルを街着として楽しんでますが、そういった傾向については?

ええ、正しいと思いますよ、私自身、ずっとそういう新しい組み合わせの仕方をすすめてきました。例えばツィードのジャケットにジーンズとカウボーイブーツにボタンダウンシャツにタイとか。

Ralph Lauren Homepage 引用写真

いわゆる画一化されたユニフォーム的な着方ではなく、どこか予想外の組合せ方を示してきました。エクレクティク(折衷主義的)というか、アンティークとコンテンポラリーの要素をうまく取り入れた家具のようなものです。アイビー的なものに、スニーカーをはいたり、チノをはいたり、ウエスタンブーツをはいたりといった着方をする人が増えてきていますが、それは、ウインドウの中に飾ってあるとおりに服を着るのではなく、何か自由な組み合わせをしたいという人達が増えてきているのだとおもいますよ。

アメリカン・トラディショナルというのは決して変わらず、それを好む人達は何年も同じスタイルを決して変えないと思いますね、またそれと同時にトラディショナルを逆に新しいものとして再発見するという傾向もあります。今の若い人はエクサイトメントで、より創造力に富んで、自由な組み合わせを楽しんでいるのではないでしょうか。

Cowboys & Indians より引用写真

<<< このインタヴューが行われた78年と言えば、僕が会社創業して2年目。おそらくこの前後の年に、ワシントンの FAIRFAX HOTEL のロビーで、ラルフ・ローレン氏に会っています。(ボーッと見惚れていただけですが) 社名変更を模索の中での、ワシントン訪問でしたが。 その時の服装が、まさにウエスタンを取り入れたニュー・トラディショナル・スタイルでした。ウエスタンハット、ダンガリーシャツに黒リボンタイ、コンチャベルト、ウエスタンブーツ、そしてツィードジャケット!僕にとって衝撃的な組み合わせでした。その時、ますますローレンスタイルが好きになった次第です >>>

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / フットボールの歴史

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MENS CLUB アイビー特集号、第三号に掲載された ”THE PIGSKIN SPIRIT” から、フットボールの起源などの話をしていきます。

アメリカン・フットボールという言葉は、アメリカ以外の国で使用されており、アメリカでは単にフットボールと呼ばれています。アメリカのフットボールの歴史を語る時、イギリスから移民した人々のことを語らねばなりませんし、アイビー・リーグの歴史を語らねばなりません。

イギリスの移民たちがもってきたフットボールに、ボーロンという競技があります。これが、フットボールの基礎となっています。これは、サッカーのようなスポーツで、アメリカに最初に上陸したスポーツです。

1869年11月6日、ニュージャージー州のニューブランズウィックで行われた、ラトガース大学とプリンストン大学との試合が、フットボールの歴史に残る第一戦であるといわれてます。73年になると、アイビー・リーグというニックネームをつけたリーグマッチが組まれる。

エール大学の主将であったウォルター・キャンプは、1チームを11名に、フィールドを110ヤードと53.1/3ヤードに変え、現在のもっともフットボールの特徴というべきダウン(攻撃回数)の方法を考案し、現在のフットボールの基礎をつくったのです。

74年、それまでフットボールを禁止していたハーバード大は、それまで足だけでプレーしていたフットボールに、手を用いることのおもしろさを伝え、大衆の人気を集めた。

アメリカのビッグスポーツは、フットボール、野球、バスケットボールなのですが、もっともアメリカ的なことに、チーム名をニックネームで呼ぶということがあります。例えば、”ブルドッグス勝利”と書いてあれば、エール大学が勝ったという意味になるのです。

現在、最も強いカレッジ・フットボール・チームは、南カルフォルニア大学で人気がありますが、プリンストン、エール大学を中心としたアイビー・リーグも、また人気のあるリーグです。

アイビー・リーグは、今日のフットボールの基礎をつくったリーグであることと、よく学び、よく遊ぶ、アメリカン・エリート・スポーツマンの姿を求めて1試合平均6万人の観客が、週末にフットボール・スタジアムに集まるのです。

アイビー・リーグ対抗戦の一つ、ダートマス対コロンビア1973/11/10
グリーン色のダートマスが優位

全米の人気を集めるカレッジ・フットボールというと、ハーバード大とエール大の対抗試合、それとウエストポイン(陸軍士官学校)とアナポリス(海軍兵学校)の試合です。熱狂のファンでスタジアムが満員になります。

73/11/10, ダートマス大対コロンビア大

以上、74/01 MENS CLUB の取材記事から編集しました。アイビー・リーグ誕生が、後のアイビー・スタイルの基となったので、知っておきたいと考えました。

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / ジャック・タチのフレンチアイビー

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Jacques Tati “僕の叔父さんの休暇” ‘53の作品

ポスターもタチらしい雰囲気が、よく表れてます。

ジャック・タチ、チャップリンに匹敵する名優兼監督かと。日本では、エノケンを彷彿する。パントマイム出身らしい独特な動き、アンチメジャーな目線、洒落た着こなし、初めて観た時から虜になりました。

フレンチアイビーの原点は、彼のスタイルかと

作品もいいんです。”僕の叔父さん” “プレイタイム” ”トラフィック” “パラード” etc.

今回は、”僕の叔父さんの休暇” を観直ししたので、その話から。

この独特のポーズ!バケットというか登山帽というか、この帽子がまずトレードマーク。恐らく当時は、山高帽が紳士の証。ですから、そこに対するギャグから選んでいるかと。

ちょっと太めなパンツをクルブシまでのショート丈で履くのが、タチのスタイル。パンツの丈だけで、もう僕はファンになりました。靴にかかる丈は、好きではないので。

ジャケットもフレンチナチュラルショルダー、リゾートスタイルを気張らずリラックスして着ているのはさすがのダンディ。

タチ・スタイルでは、ソックスの話は外せないでしょう。ホリゾンタルやアーガイル柄の楽しいソックス。英国コーギー製の味わいを感じますが、どこの製品かは知りません。

こういった一般常識に欠けるお茶目な動作も魅力的。世間的には迷惑な行為でも、なぜか憎めない程度の悪さ。ハートの優しさから出るので、いいのでしょうね。

このように、室内着を着ても様になる!

バカンスの映画なので、出演者もめかし込んでます。パナマハット、タイドアップ、シルクスカーフ、エスパドリーユシューズ、バスクシャツ、

ヨーロッパのリゾートスタイル (一般庶民階級程度の) が、あまりにも素敵なので驚き!戦後日本との差はとんでもない差でした。

“プレイタイム” などでは、チロリアンハットにゆったりバルカラーコート、手にはステッキ、スエードのチャッカーブーツに短いパンツ、バランスが実にいいですね。勉強になります。

チャップリン、エノケン、キートン、そしてタチ、50~60年代には、パントマイムから出てきたような軽やかでアートを感じる役者が多くいました。脇役でも、その役者を観たくてって事も多かったです。映画にとってはいい時代でした。まだ観てない方は、是非!

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “ザ・ガードマン”

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東京警備指令 ”ザ・ガードマン” 65~71年までTV放映。 

60年代、オリンピック後の高度成長期!日本のお父さんのスタイルをして、カッコよく活躍するガードマン。僕にとっては、今のクラシコスタイルよりもクールだ!

ダダダ〜ン ダダダ〜ン キュッ キュッ キュッ “ザ・ガードマンとは、警備と保証を業務として、大都会の黒い襞に潜む犯罪に敢然と立ち向かう男たちの物語である” 芥川隆行のナレーションから始まるこのドラマは、当時茶の間の大人気に。東京オリンピックを契機に立ち上げされた”セコム”を下敷きにして物語を制作。

ガードマンは、普通のサラリーマンスタイルなのに、なぜかカッコいい!ダークスーツにスリムタイ、タイピンが昭和。

藤巻潤のスーツがカッコいい。肩の降り具合といいラペルの返り方といいアイビーになる前の原型を感じる。

キャップ役の宇津井健は、基本ビジネスマンスタイルだが、着こなし方は勉強になります。白シャツにストライプタイかスリムニットタイ、それにタイピンを刺す。削ぎ落とした無駄のないパワースタイルを感じる。

個性的な役の川津祐介、常にタバコを咥える。VANの広告塔でもあったので、それらしいスーツを着込む。一人だけグレンチェックスーツでめかしたりも。

アイビーカットとか、クールカットともいいましたが、このヘヤースタイルが大流行!

稲葉義雄と中条郁夫、まさに昭和のお父さんのスタイル。でもこんな律儀なスーツスタイルもなかなかですよ。

川津祐介、藤巻潤、人気スター二人のナイススタイルショット!ナロータイが決まってます。

ハニートラップのシーンから。当時、宝石入りのタイバーがモテモテでした。いわゆる光り物!最近は見かけなくなりましたが、あんな高額なモノはどこにいったのでしょうか?

まだまだ影が薄い倉石功、甘いマスク。

毎回、有名女優が登場!中村玉緒、藤村志保、野際陽子、、、

なぜか、東京パトロールの車は、全て外車!カッコよすぎですよね。フォード・タウヌスP3、オペル・レコルトC、当時のサラリーマンの願望を刺激しました。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / RALPH LAUREN インタビュー ‘76 MENS CLUB

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1976年、ローレン日本初来日でのインタヴューから〜  ——-MENS CLUB 編集長 / 西田豊穂 ——-

Q : 若い頃働いたブルックスブラザーズに対する、なにか感想は?

“ 徴兵までの半年程でしたからね、それまではブルックスのファンで買っていましたから。そもそも僕がポロを創り出したそのものは、ブルックスブラザーズが、僕にとって魅力を失ってしまったからです。僕は、トラディショナルルックの愛好者ですけれども、ブルックスは、なんていうか、年寄りのものになってしまって、若いトラディショナリスト向きではなくなってきた、僕は、ポロを僕なんかと同じ年代に合わせているんです。もっと、ロマンがあります。しかしブルックスが打ち立ててくれたトラッドルックに対する強いイメージは評価していますよ “

Q : 聞くところによりますと、最近はヨーロッパでも50年代アメリカのスタイルがハイファッションとして出ているようですが。

僕のアメリカ・ファッションの概念は、<傾向>ということではないような気がします。そうじゃなくて<階層>ということなんですね。エレガントなスタイルを保つのに流行はない。つまり例をあげればボタンダウン・シャツとツィード・スーツというところですね。世の中どこに行ってもおしゃれな人のスタイルには内容的に繋がりがあるということですね。

僕自身は流行を信じません。例えば <ヘビーデューティ>なんていうのが、人気がある理由は、やはり<自然さ>と<流行に無関係>ということであり、自然に合わせたクリーン・ライフへとつながる。これが、ぼくの服装に対する考え方そのものだと思うわけです。決して最新のファッションというものではなく、常にあるものでスタイルを作っていきます。

日本でのラルフ・ローレン・ショーでのスタイル、ネイビーブレザー、ブルー・クレリック・シャツ、ネイビーの無地タイ、ジャケットの下のボタンを留めるのがローレン流

Q : ローレンさんとデザインされたウェアのシルエットを、ひとことで表現するとどうなりましょうか。

自分としては、ニュー・トラディショナルが適当だとは思いますが。ポロをひとことでいおうとしても多くの要素があってそれはできませんが、服についていうなら、僕は大変自然な肩のラインをつくったし、広い折り返しや、衿の形をつくったのだと思います。また、純粋の生地しか使わない。純綿や純毛など。僕が一番新しいルックと考えているものの一つは、大きなホース・ブランケットのプレイド地を使ったスポーツコートですね。

日本初POLOファッションショー

西田氏談 : ローレンは、これから先も、トラディショナル・ルックから訣別することはないだろう。彼自身、シンプル・ライフの提唱者であり、ヘビーデューティ志向を真っ先に商品化している。売れるからではなく、彼の表現を借りれば、自分が好きだからそれを作った、ということなのだ。毎朝、セントラル・パークでジョギングに汗を流し、オフィスには自転車に乗り、そのオフィスでは、ブッシュ・パンツに赤紐のマウンテニアリング・シューズ!まさにヘビーデューティな格好で歩き回る。氏のスポーツ・ウェアからの影響がいかに強いかというのがわかる。

以上、記事と写真は、MENS CLUB 1976 / 12号より引用編集しました。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / Ralph Lauren Himself

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

ラルフ・ローレンのインタヴュー記事から抜粋。彼が37才の年でしょうか。MENS CLUB 1976/12号の掲載で、当時No.1の NY通である浜田容子さんがお相手してらっしゃいます。以下、抜粋〜

N.Y. 55st E40 POLO FASHIONS このビルの一室がポロ・ファッションズ社

POLOの仕事部屋、当時から新しいスタイルへのビジュアル戦略が進んでいた。

商品ミーティング時のローレン

ポロ社ができて12年、ファッション界のアカデミー賞にあたるコティ賞のメンズ、レディース、両方で二度受賞!その後はコティ賞の対象とならない名誉あるホール・オブ・ファーム受賞!揺るぎない地位を獲得する。

ナローから、ワイドラペル、ワイドタイ、革命

ローレンは、自分自身のイメージ作りに若い頃から気を遣ったようだ。それは、15才の時、兄と相談して姓を”リフシッツ”から”ローレン”に変えた事からも伺える。(リフシッツから浮かぶイメージがよくなく、子供時代にいじめにあったようだ)

服装や生活スタイルには、異常な程の熱情を傾けたし、自分だけまわりと違う格好をしていても一向に気にかけなかった。19才で週給55ドルの時、ブルックスブラザーズの百ドルのスーツを着る。また、25才でネクタイ・セールスマンとして週給150ドルの時には、2百ドル以上のラペルの広い英国風なオーダーメイドスーツを着る。兎に角、スタイルには、お金の糸目を付けなかったようだ。

当時はナローラペル全盛時代、ブルックスブラザーズ信者だったローレンも、次の新しいスタイルに興味は移っていた。それがワイド・ラペル・スーツである。 == 服装には詳しい知識がありながら、着るものには気を遣わないという感じの英国ジェントルマン・タイプが好きでね、そういうイメージを作ろうとしたのですよ ==

コティ賞複数の受賞

職業遍歴 / まだ何を一生の仕事とすべきか分からなく転々と職を変えるが、22才の時、ブルックスブラザーズのセールスマンをやるが、半年で徴兵で陸軍へ。退役後、ブルックスブラザーズからダニエルヘイズの手袋のセールスへ。そして、リベッツのタイ・セールスでネクタイを売り始めた頃にようやく、タイのデザインなら、経験のない自分でもできそうだと考える。(リベッツに関しては、僕のブログ “リベッツ” で語ってます) そこらあたりから、タイのデザインをしてみようと思い始めたようだ。

当時のネクタイは、2 5/8 inc. 約6.5cm がトラッドの主流。ローレンは、自分用に特別に3 1/2 inc. 約9cmの太いタイを作っていたが、お得意先から好評だったようです。ヨーロッパで流行るモッズ調でなく、トラッド柄なのに太いタイというのが非常に新鮮だった訳です。

ネクタイの会社であるボー・ブランメル社が手を伸ばしデザイナーとして採用。但し、デザインだけでなく、生地買い付けから、得意先へのデリバリーまでローレン自身がするという条件付き。最初の一年での販売が、50万ドル!この成功が、ポロ・ファッションズ社設立の土台となる。

ローレンのファッション哲学

“一つの信念を貫いてものを作ること、よくお客を知っていること。カスタマーを知るというのは、単に道行く人の服装をよく見てるとかでなく、僕自身カスタマーのライフスタイル、ファッション観、必要な服装を身をもって知っているのです”

“ 服装がそれ程大事とも思わないが、いいものを趣味よく、カジュアルに着こなす男達。つまり、わざとらしくないソフィスティケーションを求める男達 “

“ メンズだと、手当たり次第にそこらにあるものを寄せ集めて着るが、そこに個性が表れて、様になっている。レディースだと、着れば着るほど良さの増す質の良いトラディショナルな形のもの “

ローレンにとっては毎シーズン新しいアイデアを生み出すデザイナーが必ずしも優れたデザイナーではない。 “我々は、壁にかけた絵を描く芸術家ではなく、人々が使用するマーチャンダイズを作る者だから、年ごと、シーズンごとのムードをとらえ、その瞬間に人々が欲しがるものを作らなくてはならない。いたずらに先ばしりすることがデザイナーの才能ではありません”

愛妻リッキー夫人は勿論、家族との時間を大切にする。ジョギングやサイクリング、アウトドアが大好きだ。ヘビーデューティ・スタイルが、当時のライフスタイル

アメリカファッションに寄せた貢献は?

“ファッションに新しいディメンションを与えた、つまりアメリカン・クラシックを作ったことではないかな。以前はアメリカの男は、アメリカ的ファッションか、ヨーロッパ的ファッションか、二つの選択があった。僕は、ヨーロッパの伝統的なスタイルを取り上げ、それをもっとナチュラルに、コンフォタブルに、ソフトに作り変えたのです。だから僕の作る服はとてもアメリカ的と思うのです。同時に世界の男達にも支持されたかと”

以上、MENS CLUB より引用、編集しました

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / “Rivetz of Boston“ Trad Tie Maker

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“Rivetz of Boston” 70年代を代表するアメリカン・トラディショナル・タイである。まだ僕が会社設立前の1974~頃から、ニュートラのタイとして強力なライバルとなりました。(当時は、デスモント・インターナショナル社が販売契約)

時代は、オーセンティック・アイビーからニュー・トラディショナルへ。ネクタイやシャツもワイド化、その先頭を走ったのがラルフ・ローレンであり、そしてシャツはGANT、ネクタイはRivetz でした。

1921年、エイブ・リベッツは、男性用蝶ネクタイの販売会社「リベッツ・オブ・ボストン」を設立。そして短期間のうちに、ネックウェアの総合メーカーへと成長しました。やがて伝統的な英国製レップストライプ、クラブタイ、などを伝統的なメンズショップの定番にまで成長させ、マサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバードスクエア店を始めとして、全国の大学都市にまで販路を広げる。
また、リベッツ・オブ・ボストンは、アイビーリーグ校にアプローチし、ネックウェアに徽章を取り入れた最初のメーカーである。同社は徽章のクレストタイを作ると同時に、伝統的なレップレジメンタルタイもカレッジタイとして取り込み成功させる。
1961年から1967年にかけて、元ブルックス・ブラザーズのセールスマン、ラルフ・ローレンがボストンのリベッツの代理店として大都市ニューヨークの市場に進出、ブルックスブラザーズなど多くのメンズショップで販売した。その際に、トラッドタイのワイド化を始めたのは、有名な話である。

では、MENS CLUB 01/74 号に、”A TIE MAKER IN BOSTON” の取材ページが載っていましたので、紹介します。(協力/デスモンド・インターナショナル)

ラベルネーム/各ショップ別ネームストック

縫製工場、いわゆる家内工場。生地のストックと裁断、縫製とストックの現場。

現社長は、クリードマン氏。ワイド化していたネクタイ幅もややスリムな傾向になり、ネクタイにもニートなトラディショナル回帰の影響が出てきているとの事。この頃から、日本にも輸出し始めたと語る。

74年頃から、日本ではインポートショップがポツポツと誕生し始めました。当初はアメ横エリアから、翌年には銀座や原宿など中心街にも。現在のBEAMSやSHIPSもその中に入っています。ネクタイの ”Rivetz of Boston”、シャツの ”GANT”、パンツの “FARAH”、長らく続いたVANなど国産ブランドの時代が終わり、アメリカ発ブランドの時代が始まりました。

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “Jazz on a Summer’s Day” カップル、LADYS編

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“真夏の夜のジャズ” 続編は、女性とカップルのスタイルを観てみました。前編と合わせて、見てください。

オープニング、会場の準備シーンからしてクール!観客席が順々に埋まっていくゆったりとしたシーン!

プレイヤー、シンガー、誰もが素敵でしたが、一人となると、やはりこの方、アニタ・オディ。クールチャーミングの一言!

観客シーンNo.1は、この女性、ピンクのクルーネックセーターに微妙なカラーのシルクシフォンのスカーフを頭巻きで。脇に抱えた本もアクセサリー。

左の女性、何でもない白シャツにグリーンのスカーフ、知的な雰囲気がよく出てる。右の女性のセーラーカラー風ワンピースも、この時代のトレンドかと。

姉御肌な雰囲気がプンプン匂うこの女性、レジメンタルストライプのプルオーバーシャツが素敵。

フェスティバルにドレスアップで臨むカップル、オシャレして観たいという気分がよく表れています。二人のスタイルが絡んでないところもクール。

この映画では、食べているシーンが結構入ってます。左の女性のセーターがまた粋ですねえ〜 ハットの雰囲気ともピッタリで、きっとセンスのいい方でしょう。もう少し密着ショットが欲しかったが。

メンズ編で紹介したチェックマンのカップル、ラウンドカラーブラウスの上のボタンまでしっかりと留めるのがいい、クロッシェも素敵。

ギンガムチェックシャツのカップル、女性の方は、赤を効果的に取り入れる。

夜になっての写真、アイビーストライプのシャツは、この時代ではよく見られる。早く復活して欲しいです。

リラックススタイルの彼氏、普段着でオシャレ。やはり、アメリカ人は黒サングラスが似合う。

ボーイのレジメンタルボーダーTが憎い、将来のジェリー・マリガンか!お母さんは、シンプルなワンピースにベルトの赤がポイント。

ラウンドカラーのシャツも多く見かける、オレンジカラーのシャツ、ハンドメイド風なクロッシェ、

お父さんのシャツ、50’s流行りのアイビーストライプシャツ、

エレガントな装いで観る女性たち、誰もが素敵、後ろの男性もコットンスーツにブラックタイで決める。

夜の撮影、素敵なカップル、フェスティバルにタブカラーで決める。かたや、クルーネックセーターの女性、

このように、この映画の成功のポイントは、観客の撮影!50年代のアイビースタイルブック!男も女も子供も。映画で観ている僕らもすっかりリラックスなジャズフェスティバルの仲間入り。

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