‘74公開映画 ”The Great Gatsby” の衣裳担当をした事が更なるイメージを作る。曰くロングアイランドに邸宅を持つアイビー校卒業生というアメリカン・ドリームの象徴を確立、ブランド・イメージとした。ラルフ・ローレンの初期の傑作であるホワイト・リネン・スーツ、ホワイト・フランネル・パンツ、オックスフォード・シューズ、ホワイト・クレリック・シャツ、ホワイト・フラノ・ハット、とホワイト・カラーの世界が観客に夢を与えた。
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アイビー校スタイルのルールを一点のミスもなく着るアイビー・スタイルを学んだ日本の若者も70年前後に次のスタイルを模索しだす。コンポラ、コンチ、モッズ等、その当時の流行りを学ぶがやはりアイビーを知った若者には今一つモノ足らなかった。そしてN.Y.出張のアイビー先駆者たちがラルフ・ローレン・スタイルのニュースを持ち帰ると、ジワジワとそして一気にコアなファンに指示される。当初は、テイジン・メンズショップ や尼崎ナカガワなど特定のメンズショップの顧客たちから広まり、その後、日本はオーセンティック・アイビー派対ニュートラッド派の二つが併存して進む事になる。そんな時のニュートラッド一色となった事件が “The Great Gatsby” 映画の公開であった。74年は、アメリカだけでなく日本でも新しいトラディショナルが支持された年となったのだ。
ラルフ・ローレンは、若い時期からウエスタン映画、なかでもジョン・ウェインやゲーリー・クーパーのスタイルが好きだったようで、New Traditional Styleが一段落した70年代後半、ウエスタン・スタイルとトラディショナル・スタイルの融合したラインを打ち出すと、ニュートラディショナルを初めて打ち出した時と同様なビック・ウェーブが起きたのだ。
オープニングからアイビーの匂いがプンプン、大勢のカスター大の学生たちに担がれてアイビーの星 ”アンソニー・パーキンス”が登場!アイボリーのアワード・カーディガン(Cの文字と3本線)、白の洗いざらしのボタンダウン・シャツ、ホワイト・ジーンズの裾をロールし、ホワイト・バックスに黒ソックス、なんともはやアイビーの星から来た王子様。僕がこの映画を観たのは中学生、姉と一緒にだった。その時はアイビーの事はまだ知らず共演のジェーン・フォンダの魅力にやられぱなしで。トニパキのクールさが分かったのは、大学生になって上京しMENS CLUBでトニパキ(当時はそう呼んでいた)のアイビー特集を見てからだったのだが。(MENS CLUB 65年/43号)
そう言えばワシントンD.C.では、もう一つ忘れられない出来事も!ワシントンのRL単独ブティックが素晴らしいと言う事で、訪問。しかし、ウィンドウ・ディスプレイ写真は暗くなければ撮れないという事で、早朝しかも夜明け前の5時頃撮りに出かけた。フラッシュ写真を何枚も撮っている時、大声がして瞬間後ろを振り返ったが、それがパトカーとは思わず危ない輩と勘違いして逃げると、突然サイレンが鳴り出しワンブロック手前でホールドアップ、パトカーに手を挙げて身体検査。(まさに映画のシーン) まともに英語も話せない上にあの状況だからなおさら。唯一分かりやすい言葉 ”I love Ralph Lauren“ 連呼!なんとか分署に連れて行かれず解放された。その当時、日本が商品のコピー問題で大騒ぎになっていて、それが頭によぎったのもあったが、あれ以来、日が出てからの撮影しかしない事にした。