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Kay’s IVY Break / 慶伊道彦

Kayこと慶伊道彦が、IVY STYLE を切り口に日々を語ります

Instagram , YouTube, で今まで発信してきたKay Standard Styleのイメージをブログで再表現したいと、今回トライする事にしました。皆様と楽しみながらも学んでいきたいと考えます、よろしくお願い致します

#Michihiko Keii #慶伊道彦 #ivy #ivystyle #menswear #アイビー

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “The Great Gatsby”

Kay Coffee Break

グレート・ギャッビー

サム・ウォーターストーン

待ちに待ったギャッビー映画を観たのは僕が27才の時、RLファンと一緒にだ。あの時の興奮は忘れられない。暫くは行ったこともないロングアイランドを気取ったものだ。良かったシーンはたくさんあるのだが、やはり打ちのめされたのは、もっとも平凡というかキャラウェイがパーティに出向いた際の紺ブレにホワイト・パンツ、ホワイト・ロングポイント・シャツ、レジメンタル・タイ、ホワイト・バックス、この出立ちを観た時。当時はニュー・トラディショナルが全盛期、大きめなシャツ衿のロールはユッタリとカーブ、そこに大胆なストライプのタイ、ブレザーは公開当時流行りの2ボタンでブリティッシュ・シルエット、それに合わせパンツもゆったりとしたボリューム感で。今では特になんと言うこともない普通なスタイルにすっかり感動してしまった。

主役のロバート・レッドフォードをそっちのけで、サム・ウォーターストーンのグレー・スーツ・スタイルが眩しくて眩しく、ブルーのオルタネイト・ストライプ・シャツにネイビーのペイズリー・タイ、そこにカラーピンを刺す。他のスーツ・スタイルでも、シャツとネクタイの色合わせが、まさに’70sニュートラッド、トラディショナル・ルックにカラーを取り入れた先駆けとなった。

ホームウェアからもその辺りが感じられる。ケーブル柄のVネック・ベスト、ショールカラーのカーディガンは、いずれもキャメル・カラーで、同色のパンツを合わせる抑えたスタイルで気品が感じられる。

 損な役どころなのにカッコいいのは、トム役のブルース・ダーン。上流階級ゆえの抑えられたスタイルが、またいいんです。ミニチェック・スリーピース・スーツ、クレリック・ラウンド・シャツに合わせるタイは無地タイ。そこにカラーピンを刺す。

ロバート・レッドフォードのスタイルは、まさにRLのウィンドウ・ディスプレイ的な華麗さ。ホワイトリネン・スーツやピンク・スーツはいずれもダブルのウエストコート付き、カラーピンとホワイト・バックスはどんなシーンでも欠かさない。素敵だなと思ったのは、カジュアル・スタイル、白のカシミヤVセーターにホワイト・パンツ (オルタネイトなストライプ入りの) 、そしてホワイト・バックス、白を基調にしたエレガントなルックだった。

エレガントの極め付けとなるホワイト・カラー、スーツ、ハット、シャツ・カラー、パンツ、シューズ、三人のスタイルの随所にみられる。ホワイトをうまく使ったRLの技だ。

イメージで一番アップしたのはラルフ・ローレンであろう。勿論、すでにアップデイト・スタイルを確立していたが、映像から受けるインパクトは凄すぎる。RLの想うニューイングランド・トラッドがいとも簡単に僕らに理解できたのだ。ロングアイランドに住む上流階級の優雅さは、そのまま街に繰り出すという訳にはいかなかったが、要所要所取り入れる事で僕らのニュートラッド・スタイルのギアがアップしたのだ。

慶伊道彦 IVY STYLE 講義 / ニッポン・アイビーとPOLO #2 (70~75)

Kay IVY Break

その頃、本場アメリカのトラッド市場では彗星の如く現れたトラディショナル・スタイルの天才Ralph Laurenの打ち出すニュートラディショナル・スタイルが席巻、67年に創業すると、早々に70年には当時ファッションNo. 1百貨店のN.Y.ブルーミングデールズにイン・ショップ、71年にはL.A.ロデオドライブに路面最初のショップを出し、その後の各地への出店へと繋がった。

ラルフ・ローレンの打ち出すトラッドは、それまでのアイビー校から生まれたアイビーではなく、トラディショナルに英国ジェントルマン・スタイルをプラスした、格好良く豊かなアメリカン・ライフスタイルを提案した。

‘74公開映画 ”The Great Gatsby” の衣裳担当をした事が更なるイメージを作る。曰くロングアイランドに邸宅を持つアイビー校卒業生というアメリカン・ドリームの象徴を確立、ブランド・イメージとした。ラルフ・ローレンの初期の傑作であるホワイト・リネン・スーツ、ホワイト・フランネル・パンツ、オックスフォード・シューズ、ホワイト・クレリック・シャツ、ホワイト・フラノ・ハット、とホワイト・カラーの世界が観客に夢を与えた。

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アイビー校スタイルのルールを一点のミスもなく着るアイビー・スタイルを学んだ日本の若者も70年前後に次のスタイルを模索しだす。コンポラ、コンチ、モッズ等、その当時の流行りを学ぶがやはりアイビーを知った若者には今一つモノ足らなかった。そしてN.Y.出張のアイビー先駆者たちがラルフ・ローレン・スタイルのニュースを持ち帰ると、ジワジワとそして一気にコアなファンに指示される。当初は、テイジン・メンズショップ や尼崎ナカガワなど特定のメンズショップの顧客たちから広まり、その後、日本はオーセンティック・アイビー派対ニュートラッド派の二つが併存して進む事になる。そんな時のニュートラッド一色となった事件が “The Great Gatsby” 映画の公開であった。74年は、アメリカだけでなく日本でも新しいトラディショナルが支持された年となったのだ。

アイビーのルールを学び正しいアイビーを着るという時代から、クールつまりカッコいいアメリカン・ライフスタイルを表現するという時代に移った。言い方を変えれば、”アイビー校からロングアイランドの邸宅” に越したのだ。

「禁無断転載」

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慶伊道彦 IVY STYLE 講義 / ニッポン・アイビーの歩みを紐解く #1 (65~70)

Kay IVY Break

大まかに言えば日本のアイビー・ブームは1964年に始まったと言えるだろう。前年12月創刊の雑誌“MENS CLUB” そして翌年の”平凡パンチ”創刊、その夏の”みゆき族”騒動、秋の”東京オリンピック” 、この一連の流れを見てみると日本のアイビー・ルックがすざましい勢いで若者に浸透していったのがよく分かる。まさに”アイビーを学ぶ時代”の到来だった。IVYを仕掛けたVANとそのフランチャイズ・ショップが瞬く間に全国に広がっていった。

VAN、JUN、二大ブランドの他にも、JAX (その後Macbethと) 、New Yorkerなど、また大阪からはマニアックなスモールカンパニーも多く立ち上がったのだ。どのメーカーもテーマは、いかに本場アイビー・リーガーのルールを伝えるかに普請していた。(勿論、各メーカーのオリジナルな追求はあるのだが、例えばVANはオーソドックスなアイビー校スタイル、JUNは青山界隈のシャレたアイビー・ルック、JAXは伊藤紫郎好みのJ.Press的なディテール重視とか)

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アイビー・ルックを学んだ若者たちは、当然のように本場アメリカのアイビーへの憧れが強まり、Brooks Brothers、J.Press からも学び続けたのだ。その集大成とも言える出来事というか本 “TAKE IVY” が出版され、国内で大人気に。(国内といったのは、はるかその後2000年代に入り、インターナショナルに人気沸騰) ニッポン・アイビー・スタイルの基礎が確立された。

60’s アイビー・ルックの特徴は、いかにアイビー校スタイルを真似るか、寸部の間違いもなく決まったディテールを学ぶことで正しいアイビーを着こなす事が出来ると考えた。Harvard、Yale、J.Press、Brooks Brothers、絶対の教授であったのだ。

“In love with IVY” より

65~70年代は、服のルールを学び正しいアイビーを着ると言う時代だった。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / ウエスタン映画とPOLO

Kay Coffee Break

僕が子供の頃は(60年代初め) ウエスタン映画が花盛り、アメリカ映画イコール西部劇だった。特にジョン・ウェインが善玉の星だった。ところが高校生になり情報にオマセになった頃、実は西部劇は開拓者白人側からの一方的な描き方で、インディアンは被害者側なのだと知り (現在では誰もが知っている事だが) 急に興味が薄れていった。ちょうど入れ替わるように、マカロニ・ウエスタンなる西部劇がイタリア発で公開され、そちらは白人も悪漢となり退治されるというそれまでとは違うストーリー、それが大受けで僕も嵌った。(因みにアメリカではスパゲッティ・ウエスタンと呼ばれ、B級映画と蔑まされたが) “荒野の用心棒” は、クリント・イーストウッドがスターになるきっかけとなった映画として知られる。

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年月が経ち僕も60才を過ぎるとまたまた映画の好みが変わってくる。何よりあれほど好きだった難しい映画が苦手となってきた。クラシックでシンプルな映画を好むようになった。時代劇やウエスタン映画も然り。時代劇では市川右太衛門の ”旗本退屈男” のように決まりきった殺陣やセリフが抵抗なくなり、それを待って拍手していた昔の観客を思い出したり。ウエスタン映画でも同様で、白人開拓者対インディアン(今は、ネイティブ・アメリカンと呼ぶ) の図式がそれほど気にならなくなり、ジョン・ウェインのウエスタン・スタイルがカジュアル・スタイルの参考となった。時代劇と同じで、ウエスタン映画でも正義対悪漢という当時の映画パターンなんだと考え、社会問題としてではなく娯楽作として捉えた。

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そう考えて、スタイル重視でウエスタン映画を観出すと素敵な映画にたくさん巡り会った。これは、マカロニ・ウエスタンにも言えた。ジョン・ウェインのジーンズのロールアップ、ゲーリー・クーパーのリボン・タイ、マックイーンのデニムシャツ、などスターのスタイルがそこにはあった。

ラルフ・ローレンは、若い時期からウエスタン映画、なかでもジョン・ウェインやゲーリー・クーパーのスタイルが好きだったようで、New Traditional Styleが一段落した70年代後半、ウエスタン・スタイルとトラディショナル・スタイルの融合したラインを打ち出すと、ニュートラディショナルを初めて打ち出した時と同様なビック・ウェーブが起きたのだ。

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一例でシャツをとり上げると、NYのクラシックなウエスタン・ショップ “Billy Martin” のウエスタン・シャツと比べると、衿は小さくなり、色柄もアイビーな素材を使ったシャツで、それでいてスナップボタンやダブルポケットなどのディテールは残してある。ヘリンボンのツィード・ジャケットにもジャスト・フィット、少しだけアレンジして都会風なスタイルに落とし込むのがラルフ・ローレンの真骨頂だった。瞬く間にウエスタン・アイテムがファッション・ピープルに受け入れられた。ランチコート、コーデュロイベスト、コンチョベルト、ナホバジェリー、スエードジャケット、ウエスタン・ブーツ、、ちょっとの視点の違いで、ダラス・カーボーイ・スタイルが、ニューヨーク・ウエスタン・スタイルとなるのだった。

参考になるウエスタン映画は沢山あるが、ジョンウェイン主演では ”捜索者” “勇気ある追跡” など、ゲーリー・クーパー主演では “真昼の決闘” “ベラクルス” など、面白くまた参考にもなる。

“捜索者” ウエスタン・ジャケット
“真昼の決闘” リボン・タイ
“大いなる西部” コーデュロイ・ベスト

他に好きな映画として グレゴリー・ペックの “大いなる西部” ヘンリー・フォンダの “ワーロック” ジェームス・ガーナーの “墓石と決闘” など多数。どの映画からも、カジュアル・スタイルのヒントがもらえる。

ラルフ・ローレンのウエスタン・スタイル絡みで女優の話ですが、アリ・マッグローを取り上げたい。”ある愛の詩” での素敵なセブンシスターズ・センスが浮かびますが、雑誌 “ハーパーバザー” “ヴォーグ” などファッション雑誌でも、ヒップな写真を見る事ができます。デニム、ターコイズジェリー、スエードジャケット、メキシカンベルトなどと組み合わせし、アイビーとアメリカン・ウエストを融合した独特なボヘミアンルックで魅せました。当時のラルフ・ローレンのイメージ・キャラクターであった事がうかがえる。

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僕がワシントンのホテルでローレン氏のウエスタン・スタイルに出会った事は以前話したが、それ以降、僕はウエスタン・ショップ通いが続いた。大阪ではFUNNY 、東京ではBailey Stockman、NYではBilly Martinと。2年程ウエスタン・アイビー被れとなった。

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今でもその当時のコレクションは、少しだけ残っている。ターコイズ・リング、バングル、コンチョベルト、オルテガ・ベスト、、、残念なのは、あれほど持っていたリボン・タイが一本も残ってないという事。稀に締めてみたいと思うのだが。いずれにしろ、72~77年頃のウエスタン・アイビーの想い出話となった。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “American Graffiti” Richard Dreyfuss

Kay Coffee Break

1962年9月のある夜、4人の友達がハイスクールを卒業し次に旅立ちするまでの一夜の物語。

ウルフマン・ジャック・ショー、ドライブ・イン、ローラースケート・ウェートレス、フォードやシボレーの改造車、物語を繋ぐポップ・ソング、などトップリと50’s感に浸れる映画。

物語は、夜のドライブインに集まる3人の若者達から始まる。三者三様のアイビー・ルック、50年代アメリカはアイビー・ルック全盛期、公開から60年経った現在 、街には ”Back to IVY” の風が吹きアイビー・スタンダード・スタイルがストリートの華となる。

Short-Sleeved Shirt ジャケットを着ない若者は半袖シャツを好む。(ジャケットの場合、汗をかくので必然的に長袖となるが)

シャツ・カラーは当然ボタンダウンで、フロントはボタン・フロント(前あき) とPop-over(プルオーバー) がある。素材柄はマドラス・チェック、アイビー・ストライプ、シャンブレー、バティックなど。裾を出す現代と違い、ウエスト絞りのないシャツをきちんとパンツの中に入れて、アイビー・ベルトをするのが基本。

ローラースケート・ウェートレスが似合う50年代、やはり当時は人気職業故に容姿重視の美人採用だったのだろうな。グラマー・ウェートレスが絵になるダイナー。

この映画、たった一夜の物語なので、若者達のスタイルもそれぞれ一点づつなのだが、それでもサマーアイビーを魅せる。なかでもマドラスチェックの半袖シャツを着たリチャード・ドレファスのルックが印象に残る。ゆったりとした絞りのないシルエットは今に繋がるし、裾を外に出すのも今っぽい。インナーに白のTシャツ、コットン・パンツとスニーカーを合わせるスタイルは今でも同じだ。

この映画が成功したわけの一つが、ウルフマン・ジャック・ショーから流されるポップ・ミュージック。遅ればせながら日本でも、60年代に入ってDJの音楽番組が受ける。ウルフ本人も出演しストーリーに厚みを出す。

アメリカのハイスクール卒業の儀式が、PROMという卒業記念ダンスパーティだが、青春映画では欠かせないシーンだ。男女生徒達の様々な流行がそこから窺える。

ロニー・ハワード扮するスティーブ、淡いブルーのギンガムチェック、ボタンダウン半袖シャツが青春を感じさせる。もちろんコットン・パンツにアイビー・ベルト。

一夜明けた見送りのシーン、やはりそれぞれの半袖シャツがクール。私見だが、半袖シャツを着た際のパンツは長いパンツ、長袖シャツの場合はバミューダ・ショーツで良い。(袖をロールアップする分には構わない) 何故だか昔からのルール。

この映画からアイビー・トレンドを考えると、やはりショートスリーブのシャツ。中でもポップオーバー、日本ではプルオーバーと呼ばれているが、70年代以降見かけなくなった。ここに来てリラックス・サイズで裾を出す着方が当たり前となってきたが、そうなると前立てが途中で止まり袋状になるポップオーバー・シャツがカッコよく映るようになりトレンドとなる。合わせるパンツも当時より太くリラックスなシルエットだが、チノパンやシアサッカーなどコットン・パンツというのは変わらない。この映画のクールさも変わらない。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “Jazz on a Summer’s Day” Spectators

Kay Coffee Break

夏の気配がすると、毎年必ず観たくなる映画、”真夏の夜のジャズ”

撮影された1958年はアメリカズ・カップ開催の年、その同時期同じ場所で、ニューポート・ジャズ・フェスティバルが開催。双方のイメージが相まって洗練されたアイビー映画に仕上がっている。音楽フェスティバル映画には珍しく主役は観客、それも半端無いレベルの高い50年代アイビー達だ。アメリカがゴールデン・エージを謳歌していた時代の雰囲気が感じられた。この頃の日本と言えば日活ヌーヴェルヴァーグ映画が人気で、石原裕次郎の”嵐を呼ぶ男” “錆びたナイフ” が時代を切り取る、そんな58年代。

さて、映画のオープニングはアメリカズ・カップのヨットレース映像から、ジャズに揺られてヨットが波間に漂うカッコいいシーンがこの後の展開を期待させる。

フェスティバルは、Jimmy Giuffre Threeから始まる、ベージュのコットン・スーツにペイズリー・タイ。いきなり夏の代表スーツからとはなんとクールなんだろう!さあ〜アイビーのお祭りが始まった。ジャズ映画とはいえ演奏シーンはそれほど多くなくジャズ・マニアにはモノ足らないに違いない、しかしその分HIPなスタイル映画に仕上がっていて、なかでもAnita O’dayの横顔からのショット、白と黒のドレスで弾むスキャット、素敵なアニタが炸裂していた。

Gerry Mulligan、Chuck Berry、Chico Hamilton、Louis Armstrong、Jack Teagarden、etc. プレイヤーの誰もが楽しんでプレーし輝いていた。

夏という事もあり会場は、男も女もサングラスとストローハットのスタイルが目立つ。レイバンのウェイファーラーがこの時代のアイコン、自然とスタイルに溶け込む。ストローハットも全盛期、60年代には消えてしまうアイテムとなるので、ハットをかぶるのもこの頃までか。また、この時代だけ流行ったアイビー・キャップの観客もいた。

ウェイファーラー
サングラス
ストロー・ハット
アイビー・キャップ

やはり夏のアイビーには、マドラスチェックとアイビー・ストライプのシャツが似合う。意外だが、その後どちらも一旦は消えてしまう。復活したのは、マドラスは早く、80年代Preppyブームで、その後また消え2010頃のアイビー・スタイルのカンバックで再度ブレイク。アイビー・ストライプに至っては未だに復活はない。(そろそろかなという気配はありますが)

アイビー・ストライプとは、英国で生まれたレジメンタル・ストライプをアレンジ、細めの等間隔ストライプで渋めで落ち着いた色合い、アイビー・リーガーに人気を博すことから名付けられる。

真夏にも関わらずネクタイをしたドレス・スタイルも目立つ。70年代に入るとネクタイの代わりにボタンダウン・シャツからカラーTシャツを覗かせるニューヨーク・トラディショナルが人気となり、ネクタイは脇に追いやられる。

夏の主役であるSeersucker 多くの人が着ていた。当時のバミューダ・ショーツは、ハイソックスを合わせていた。

シアサッカー・スーツ
バミューダ・ショーツ

会場のオープン前の仕上げ映像も何故かアイビーして、映画のセンスが窺える。

唯一残念なのは、マイルス・ディヴィスの出演シーンがないこと、50年代アイビーだった彼をバート・スターン監督がどう映像にしているかを観たかったが、贅沢言うのはやめ真夏の夜に浸りたい。

先日、神保町を訪れた際に喫茶店 ”Trois Bagues“ でCoffee Break、丁度オープニングにも使われたセロニアス・モンクの ”Blue Monk” が流れ、一瞬だが波間に漂う感覚を味わい、映画を想う。

この映画では、個々のスタイル模写だけでなくアイビーな気分を感じたい。何を着ているとかどんな合わせ方をしているとか、それよりもアイビーな気分でいるという事がそのままヒップなアイビー・スタイルとなることを学びたい。モノよりマインドだ!

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “Where the Boys Are” George Hamilton

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ボーイハント Where the Boys Are

コニー・フランシスの甘いタイトルソングで始まる青春映画、日本公開は61年だが僕が観たのは、それから4年経った65年の大学1年の時。上京したばかりでアイビーの事を何も知らず、大学街の本屋で出会った雑誌メンズクラブだけが頼りだった頃。オープニング・シーンで登場するアメリカの学生達にカルチャーショック、なんとまあ〜華やかな青春なんだと。そして舞台は夏休みバカンスで多くの若者達でごったがえすフロリダに。ビーチの誰もがカッコいいアイビーをしているように思えた。映画の後、速攻でホリゾンタル・ストライプのTシャツとバティックのバミューダ・ショーツを買いに行った。

さて映画から見るスタイルだが、ジョージ・ハミルトンからは多くを学ぶ。ブラウン大学のエンブレムを付けたシングルのネイビーブレザーにブルーグレーのパンツ、ライトブルーのボタンダウン・シャツ。またエンデング・シーンの白浜では、ニューポート・ブレザーにライトグレーのパンツ、白のボタンダウン、そこに黒のスリッポンを合わす。さすがのブラウン大学アイビー・リーガーの設定。

恋人役のドロシー・ハートも相手役にピッタリの清楚なファッションで素敵なスタイル。いっとき僕は共演のイヴェット・ミミューのファンでしたが、この映画では可哀想な役どころでした、しかしピンクが似合っていたなあ〜。

 ニューポート・ブレザーとはVANが名付けた和製英語で、本場では単に4ボタン・ダブルブレステッド・ブレザー と呼ぶ。Wの4ボタンでボックス・シルエットと短いサイド・ベントが特徴。65年に開催された東京オリンピック以降日本でもブレザーの人気が高まるが、まだまだ一般人は着こなし方がイマイチの時代、だからこの映画を観て納得したものだ。ネイビーにはグレーのパンツが一番なんだと。

アイビー・ストライプ・シャツのカッコ良さは映画から学んだ。ジャズ・ミュージシャン達の着るプリント柄シャツもアイビーしていて実にクール。早速お買い上げ対象となる。60年代後半は、アイビー・ストライプやペイズリープリントそしてマドラス・チェックなど柄物のシャツがブレーク、長袖シャツだけでなく、ポップオーバー・シャツやショートスリーブ・シャツでも大流行り。

電信柱の愛称を持つコメディアン俳優ジム・ハットン、高身長ゆえアイビー・スーツが実によく似合う。ここではコットンギャバジンのスーツにレジメンタル・タイで魅せる。ジムは映画ではいつもセンス良かったなあ〜、ケーリー・グラントの東京ロケ映画 ”Walk,Don’t Run” ここでもクールなアイビールックを披露していた。高身長の人がアイビー似合うのはジャケットの丈が長い事にある。長い分3ボタンの間隔を広く取れストレート・ハンギングのシルエットが綺麗に出る。アイビーは、基本ストレート・ハンギング、ズン胴なシルエット。ボタン・スタンスも12~13cmとなる。アメリカでは、60年代に入り一般人体形の男性にも似合うようにモディファイ・トラディショナル・スタイルを打ち出した。ボタン・スタンスも10~11cmと狭くなり、その分ジャケット丈も短くなり、誰もが着れるようになる。

この映画、ハミルトンのスタイル映画のようだ。ビーチでのグリーンやブラックのPOLOシャツ、それに同色のビーチ・ショーツを合わす。ボートではネイビーのゴルフ・ジャケット(ドリズラー、バラクータ、そして日本ではスィングトップ、とも呼ぶ) 白のボタンダウン・シャツに何と赤のスカーフを差す。スーツ・スタイルでもライトベージュ・スーツはコンポラ仕様、フッシュマウスのラペル。ブルースーツはブリティッシュ風アメリカン・スーツでネイビー・タイを合わす。それ以外に上記で述べたスタイルもあるから、ヤング・ジェントルマン・スタイルのイメージはこうなんだと語ってくれた映画。

劇中流れるコニー・フランシスの歌は、青春時代の真夏の出来事を思い出させ、夏が来ると毎度毎度観たくなる映画。

この映画のジョージ・ハミルトンで学びたいところは、ブレザー・ルック。2000年代に入りブレザー・ルックのボトムにはジーンズやカジュアル・パンツをもってくる事が多くなったが、やはりブレザーのもつ本来のセレモニー感覚、そこを大切にしてみたい。パンツにグレーのドレスパンツを合わせて。いざという時そこにネクタイを合わせてドレス・シーンに対処できるようなスタイル。昭和な合わせ方がいい。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “Tall Story” Anthony Perkins

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アンソニー・パーキンス Anthony Perkins

のっぽ物語 Tall Story

オープニングからアイビーの匂いがプンプン、大勢のカスター大の学生たちに担がれてアイビーの星 ”アンソニー・パーキンス”が登場!アイボリーのアワード・カーディガン(Cの文字と3本線)、白の洗いざらしのボタンダウン・シャツ、ホワイト・ジーンズの裾をロールし、ホワイト・バックスに黒ソックス、なんともはやアイビーの星から来た王子様。僕がこの映画を観たのは中学生、姉と一緒にだった。その時はアイビーの事はまだ知らず共演のジェーン・フォンダの魅力にやられぱなしで。トニパキのクールさが分かったのは、大学生になって上京しMENS CLUBでトニパキ(当時はそう呼んでいた)のアイビー特集を見てからだったのだが。(MENS CLUB 65年/43号)

カーディガンのボタンは下の二つだけ留めるというテクニック。

ヒッチコック監督の ”サイコ” では、コーデュロイの襟を立て細身のコッパンにデザート・ブーツを合わすという、その格好良さに、もうトニパキにゾッコン。その後、彼はパリに移り住んでヨーロッパ映画中心の地味目な活動となるが、そこもまたクールな生き様と感じファンであり続ける事は変わらなかった。

さて、”のっぽ物語”のスタイルに戻ろう。いくつものクールなアイビー・スタイルを学べるが、やはり一番はこのスタイルでしょう。ネイビーXホワイトのシアサッカー・ジャケット、白のボタンダウン・シャツに黒のニットタイ、チャコールグレー・パンツにホワイト・バックスを合わす。トニパキは兎に角このホワイト・バックスが大好きなようで、どのシーンでも履いている。(その後の多くの映画でも観ることができる)

アイビー・ディテールのジャケット、勿論3ボタンなのだが、この頃、アメリカはもうモディファイド・モデルへと移行しているのかボタン間隔がやや狭いように思えた。

ダークなドレスパンツにホワイト・バックスを履く、そして必ず黒靴下を合わす。

愛らしいのはジェーン・フォンダとのラブシーンにドギマギする表情。また トニパキがジャケットにファンシーなキャップを被るシーンを参考にして、ベースボール・キャップをスーツやジャケットに合わせたい気分となった。

学内のスタイルでは、グレーのスエット・セーター、ホワイト・ジーンズ、お決まりのホワイト・バックス(この場合必ず黒ソックスを合わす)、スエットのショルダー部分が大きく良い感じ。手足の長いトニパキの魅力を存分に引き出している。クールネック・セーターの魅力もこの映画から学ぶ。

アクセサリーで目がついたのは、まずバッシュで白のCONVERSE ALL STAR、当時は垂涎物だった。そして目が点になったのは、時計バンド!一つはストライプ、そしてもう一つはタータンチェック、60年頃もうアメリカのアイビー達はウォッチ・バンドを替えていたのだ。(参りました) 

他のシーンでも、襟がタータンチェックのデニム・ジャケットにホワイト・ジーンズ、ダークなドレス・スーツ・スタイルにスリムタイもこの頃の時代を表している。

トニパキは”サイコ”の狂人イメージだけが突出して今一つ人気も盛り上がらなかったのだが、アイビースタイルとしては満点!”プリティーポイズン”でのダンガリー・シャツの袖カフのロール、”殺意”でのマドラス・ジャケット・スタイル、などなど。アイビーをモードなスタイルで魅せてくれた天才だった。

サイコ “Psycho” ‘60
かわいい毒草 “Pretty Poison” ‘68
殺意 “Le scandale” ‘68

とににかくにも僕のアイビーは、アンソニー・パーキンスの “のっぽ物語” から始まった。以来彼のモード・チックなアイビー・ルックは僕のお手本となった。

この映画で注目したいのは、やはりシアサッカー・ジャケットの着こなし方。グレー・パンツにホワイト・ボタンダウンシャツ、ブラック・ニットタイと特に目立つ組み合わせではないのですが、そこにポイントをおいて他を我慢することが大切。えてしてやり過ぎにシャツやタイを弄ったりするのですが。またダークなグレー・パンツにも注目、ライト・カラーをあわせたくなるところですが、この方がアメリカンなアイビー気分を出すことができます。個性は、ホワイト・バックスかホワイト・スニーカーで出したいです。

という事で ”トニパキ” に乾杯!

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座/ 70年代アイビーはRalph Lauren

Kay Coffee Break

オーセンティック・アイビーがすっかり終わってしまった70年、ニューヨークに革命児が現れる。Ralph Lauren / 67年、ネクタイのリベッツを経てボー・ブランメルで自身のブランドを持つ。そして78年には、”ポロ・ファッションズ”を設立し、フルコレクションを展開。70年には、当時トレンドではNo. 1と言われたデパートのブルミングデールにインショップを開く、などと飛ぶ鳥を落とす勢いでデビュー。アイビーの進化系であるニュートラディショナル(Up Date Traditional) スタイルを打ち出した。

Ralph Lauren 初期の頃

RLの日本上陸は1976年、西武百貨店との契約から始まると通説ではなっている。フルコレクションという意味ではその通りだが、その2年前1974年にネクタイの菱屋が短期のライセンス契約をしている。実は僕自身がサラリーマン時代にニューヨークまで契約に行ったのだ。マンハッタン・アップタウンの豪華なマンションの一室が会社だった記憶がある。当時は、マンションをオフィスにする会社などなかったので、そのクールさが印象に残っている。残念ながらマネジメントに携わる実兄のみが契約時にいて、ローレン本人はチラッと顔を出されただけだったが、まだ27才と若い僕には実に刺激的な瞬間だった。

70年代のRalph Lauren /MENSCLUBより引用

78年ラルフ・ローレンは、新しい切り口であるポロ・ウエスタンを発表した。(僕らはそれをウエスタン・アイビーと呼ぶ) ラルフが古いウエスタン・フィルムがスタイルのインスピレーションだと語っていたのを何かの本で読んだ記憶がある。お陰で僕も西部劇を観る際もスタイルを重視し観るようになった。特に悪役のスタイルが大いに参考になるのは不思議だが。

31才の時に見た雑誌GQのトラッド特集の写真があまりにもクールだったので、僕の会社名に選ぶが、それがワシントンD.C.にあるラグジャリーホテルFAIRFAX HOTEL。(29才で創業した際の会社名が、POLO FASHOINSを真似て、RUE FASHOINSとフレンチな名前をつけたが、商品イメージと合わなく2年で変更した経緯が)

翌年1979年、2度目のFAIRFAX HOTEL訪問の際、ある日の朝、ホテルロビーにラルフ・ローレン氏が居た!スタッフらしき数人と立ち話をしていらっしゃった。なんとヒップな光景なんだろうとしばし唖然として魅入った。

その時のウエスタン・アイビー・スタイルは、ずっーと僕の記憶に残る。ホワイト・オックスフォード・ボタンダウン・シャツに黒のリボンタイ、ツィード・ヘリンボン・ジャケット、コンチャ・ベルトにウエスタン・シューズ。これが本物のウエスタン・アイビーだと、興奮が続いた。

Ralph Lauren ウエスタン・アイビーに魅せられて

そう言えばワシントンD.C.では、もう一つ忘れられない出来事も!ワシントンのRL単独ブティックが素晴らしいと言う事で、訪問。しかし、ウィンドウ・ディスプレイ写真は暗くなければ撮れないという事で、早朝しかも夜明け前の5時頃撮りに出かけた。フラッシュ写真を何枚も撮っている時、大声がして瞬間後ろを振り返ったが、それがパトカーとは思わず危ない輩と勘違いして逃げると、突然サイレンが鳴り出しワンブロック手前でホールドアップ、パトカーに手を挙げて身体検査。(まさに映画のシーン) まともに英語も話せない上にあの状況だからなおさら。唯一分かりやすい言葉 ”I love Ralph Lauren“ 連呼!なんとか分署に連れて行かれず解放された。その当時、日本が商品のコピー問題で大騒ぎになっていて、それが頭によぎったのもあったが、あれ以来、日が出てからの撮影しかしない事にした。

70年代は、ニュートラディショナル以外にも、ヒッピー・ファッション、サーファー・ルック、雑誌ポパイからのアウトドアやへビーデューティ、これらのスタイルが流行りアメリカン・スタイルの中でもアイビーは忘れ去られた時期だった。その中で唯一アイビー派が愛したのはニュー・トラディショナル・スタイルだったのだ。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / 60年代後半はモード満開の時代

Kay Coffee Break

60年代後半はアイビー対コンチの時代と話したが、実はさらに二つのスタイルが生まれたのだった。

コンポラ・スタイル

コンポラとはアメリカン・コンテンポラリー・スタイルの事で、ハリウッド・スターの影響が強く出たスタイル。当時アメリカのTVドラマが大人気、その中でも ”ナポレオンソロ” “サンセット77” “逃亡者” など目新しい大人のスタイルが、若者のハートを掴む。アメリカン・スタイルにフレンチ風コンチのシルエットを取り入れた”いいとこどり”スタイルなのだが。日本では特に関西から人気が広まった。理由の一つに、大阪に谷町ナンバー6という紳士服メーカー団体があったのだが、VANのアイビーに対抗する方式を模索した際に、西海岸ハリウッド・スタイルと結びつく。また関西の若者は東京アイビーに対抗心が強く東京と違い一捻りしたアイビー・スタイルを好んでいたが、コンポラと結びつきコンポラ・アイビー・スタイルを生む。大手メーカーではなくアートジャケットやリングジャケットなど小規模なアパレル・メーカーがハリウッド・スター・スタイルを研究し人気となった。

アイビー仕様のステッチは残し上着丈を短く軽い絞りも入れ、細みのラペルは丸味を入れたクローバーラペルなどラペルにこだわる。(コンポラ・スタイルの詳しいディテール等は、以前のブログを参照してください)

アイビー・ディテールを取り組んだコンポラ/MENS CLUBより引用

モッズルック / ロンドン60’s ルック

”スィングギング・ロンドン”と呼ばれた時代、ポップカルチャーを謳歌するロンドン60年代の若者は、既存の権威あるスタイルを嫌い、HIPなアメリカやイタリアのスタイルを真似る。細身のスーツにスリムタイ、上にはミリタリーパーカーをはおり、改造スクーターに跨る。またアイビー・アイテムを取り入れ、日本のオーセンティック・アイビーとは違うロンドン・アイビースタイルへと進んでいく。労働者階級からの派生したと言う点では、BLACK IVYにもつながる流れかと。( ”さらば青春の光”は、モッズ・スタイルをチェックするのにピッタリな映画 )

映画”さらば青春の光”より引用

ロンドン・アイビーと言われるモッズ、フレッド・ペリー、Dr.マーチン、リーバイス、ペニーローファーなどのアイテム、そしてポール・ウェーラーの着るホワイトのステンカラー・コートがアイコン。

60年代後半はメンズファッションが開花した時期、アイビーを中心にコンチ、コンポラ、モッズとこれらがお互いに影響し合う。日本のアイビーは、60年代これらのスタイルの取り込む事で、HIPなアイビー・スタイルを確立し、その後の生き残りに繋がって行く。

”アイビーはモードだった” 時代

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