慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / ニッポン・アイビーとPOLO #5(90~)

Kay Coffee Break

90年代に入りニッポン・アイビーは迷走する。ドレス好きはイタリアン・クラシコに、カジュアル好きは渋カジへと。かくある僕も、セヴィルローの魔力に嵌り迷宮入り、ビスポークのスーツやシャツ、シューズ、John Pearse、Stephen Lachter、George Cleverley、、、と散財したが、まさにバブルな日本を象徴する時代だった。僕のビスポークに対する結論を言えば、2000年代に入り夢から覚めるとオーダーしたスーツは妙にチンチクリンな気分となり放棄、ナチュラル・ショルダーへと戻った。当然、靴も英国靴からAldenへと変わった。10年以上も迷い込んでいた計算になる。

さて、90年代ほどドレス野郎とカジュアル坊主のスタイルが離れていた時代はなかったかと。お互い全く関知しない、二つの世界が混在する世代交代前夜といったところ。POLOもその波に揺れる。従来の顧客層対ニュー・キッズ、80年代後半からブレークして来たヒップホップ・カルチャーがますます盛り上がってくる中、POLOは満を持して発表した二つのコレクションが先々を結論付ける。92年、ストリート・スタイルに人気のPOLO SPORTと並行して発表の “Stadium”翌年の“Snow Beach” だ。ヒップホップ・スターRaekwonの着るPOLOロゴ・ファッションがブレーク、ヒップホップとスケートはストリート・スタイルの両輪、彼らがPOLOブームに拍車をかける。このブームは、POLOにとっては痛し痒しだった。本来のコネチカットの大邸宅というイメージよりダウンタウン・ストリートというイメージが強まっては問題だからだ。その動きを認めつつもバランスを取らなければいけなかった。

引用写真
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93年発売のRRLは、ヴィンテージ好きなファンのためのコレクションとしてスタート、両方の層から支持された。ラルフローレン夫妻のセンスが詰まったスタイルで、日本でも同様にうける。

渋カジから始まった日本の90年代、L.A.スタイルより動きは遅かったが、2000年代に入り、その差は埋まっていく。

2018年公開映画 “Mid90s” は、90年代スケボー少年たちの物語、サイズオーバーのPOLOポロシャツ等を着て、映画センスが良いとブレーク。長らくアイビーとは相容れない流れだったのが、この頃からそのHIPな着こなしが、ニュー・アイビー・スタイルに影響を与える。今日では、ニッポン・アイビーにヴィンテージ・ウェアは欠かせないアイテムとなった。

“mid 90’s”より引用

ヴィンテージ市場では“Stadium” “Snow Beach” が手に入らなく高値となった。

長らくPOLOを悩ましていた “ロングアイランド” と “ストリート” という二つの異なったイメージが、ようやく相容れる時代がきた。

こんにちのニッポン・アイビーは、オーセンティック、ニュートラッド、ニュープレッピー、ヴィンテージ、これらが一緒くたとなりストリート・スタイルとしてのトップを走る。POLOがこれらの橋渡しをしているのは間違いない。今後の変化にも期待していきたい。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講義 / ニッポン・アイビーとPOLO #4(80~90)

Kay IVY Break

ロングアイランドからニューヨークへ、そしてL.A.や東京ストリートへと、ライフスタイルの変化をアイビー・スタイルに取り込んでいくPOLOは、強い味方をつけた。BLACK IVYとしてその後、拡大していく黒人の若者たちであった。80年当初は黒人の富裕層やその大学生が中心だったが、83年あたりからブルックリンの黒人やラテン系の若者たちでブレーク、新しい顧客層となった。

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“アメリカン・ドリームを服として着る事” 映画 “ギャッビー” は、上流階級に憧れ、その世界を手に入れようとした男の物語だが、そのイメージを黒人若者たちも模索する。ブルックリンでLo Downと言われるPOLOブランドで身を固めた黒人やラテン系の若者たちが出現しだす。88年には、全身ラルフローレンのLo-Lifes なる集団も誕生し爆発的な人気となった。WASPスタイルを志向するPOLOに対して、遠い世界アメリカン・ドリームの象徴を感じ取り、自分たちを被せた。

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そして、1986年、N.Y.マジソン・アベニュー72丁目角にフラッグシップ867Madisonがオープン。勿論、本来の顧客層である成功したアメリカ人客で賑わうのだが、もう一つの現象も現れた。それがファッショナブルなブラック・ヤング達であった。フラッグシップ店は、一つの館であるせいか、より”上流階級のアメリカ”というイメージを増幅し憧れな世界となったのだ。

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70年代後半と80年代後半では、POLOのイメージだけでなく見せ方も変わってくる。ストリート・スタイルという若者の持つ強い力が台頭した。

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日本のアイビーとBLACK IVYの比較をしてみると、かたや60年代に入って生まれた日本のアイビーは、ひたすら憧れ!だった。ハーバード大、イエール大、などの名門大学、WASP的なアメリカ上流階級、これらを行ったこともないのに映画や雑誌で知る事で学ぶ。そして70年代に入り、映画 ”ギャッビー” で、ニュートラッドの世界に入る。かたやBLACK・IVYは、80年代に入りラルフローレンの広告で見るコネチカットの大邸宅、カントリークラブ、セーリングや乗馬、ブルックリンから遠い世界にあるアメリカン・ドリームと自分たちを重ね合わした。

ニッポン・アイビーとBLACK IVYは掴んだ手法こそ違えるが、ラルフローレンが考えていたターゲットではなかったにもかかわらず、強い影響をブランドに与えていったのだった。それがさらに強く出るのが、90年代である。

とはいえ、TAKE IVYやPreppy Official Hand Book で学んだアイビー派は、必ずしもこの動きを指示した訳ではない。Black Labelと Purple Label , POLO COUNTRYはオッケーだが、POLO SPORTとなるとロゴが大き過ぎと感じた。当時の流行りのスタイルであるシティボーイ・スタイルとは路線が違い過ぎたのだ。BIGIなどDCブランドが打ち出すコンチネンタルな魅力にも影響を受け、ルーズフィットなアイビーを好む、それはその後のフレンチ・アイビーの流行に繋がった。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “Manhattan” Woody Allen

Kay Coffee Break

ジョージ・ガーシュインの ”ラプソディ・イン・ブルー” で幕開けするニューヨーク物語、マンハッタンの魅力と言うか70年代ニューヨーク・カルチャーが満載のウディ映画。どのシーン、どの会話、どれもが見逃がせない70年代アイビーの宝物映画。

ウディの代表的なスタイル、チェックシャツ、カラーTシャツ、M-51フィールド・ジャケット、肘当て付きツィードジャケット、2タック・パンツ、ダブルポケットシャツ、、

ニューヨーク70年代、74年公開の “The Great Gatsby” でピークを迎えたNew England Up Date Traditional Style から街並みと共に徐々にカジュアル化が進み、ネクタイを外し胸元からカラーTシャツを覗かせるのがおシャレとなってきた。ツィード・ジャケットに合わせるパンツもコットン・パンツやコーデュロイ・パンツが映えた。

シャツは、タータンチェックやダンガリー、合わせるインナーTは、ホワイトをはじめ色を問わない。第一ボタンのみを外しチラッと見せ。

ウディは、M-51フィールド・ジャケットが大好きで、この映画でも度々HIPなスタイルを魅せてくれるが、よくベーカー・パンツ風コットン・パンツを合わせる。勿論、中にはボタンダウン・シャツ。袖が長いのかカフのロールアップをしているが、それもウディらしくてかっこいい。

ヘリンボンのツィード・ジャケット、70年代はエルボーパッチ付きのワイド・ラペル2ボタン、袖は4ボタンで、ラルフ・ローレンが発表して流行り出した。アイビー・ステッチはかかっているが、深いサイドベントで英国風なシルエットとなる。(深いセンターベントもある)

パンツは、ライン入り、ライン無しとどちらもあるがシワ感が粋、タックは1つのものと2つのものがありスソ幅24cm位のややゆったりとしたシルエット。ベルト下にウォッチ・ポケットが付き、必ずプレーンなベルトをする。

コーデュロイ・パンツも大好きなアイテムで、やはりタック付きウォッチポケット付きの裾にかけて絞りのないストレートなシルエット。

シャツ・スタイルは、タータンチェックもしくはダブル・ポケット付きシャツで、Tシャツをのぞかせる

特別な拘りを観たのは、フォーマル・スタイルから。タキシード・スタイルにボタンダウン・シャツとボータイを合わす。この映画ではないが足元に黒のバッシュを合わせるフォーマル・スタイルを見たことがあるが、そのあたりの崩し方が秀逸。

撮影監督は、かの名カメラマン ”ゴードン・ウィルス” ニューヨーク生まれのゴードンのニューヨーク映像が美しい!もつとも有名なシーン、サットンプレースにあるリバーヴュー・テラスの一画、ウィンズボロ橋を背景にしたショット!

何かとお騒がせなウディの映画だが、モノクロの映像、それに被せるジャズのサウンドトラック、ウディをはじめ出演者のスタイル、そして何よりも70年代ニューヨークの街並みの美しさ、この映画を観ずしてニューヨークを語るなかれ!

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慶伊道彦 IVY STYLE 講義 / ニッポン・アイビーとPOLO #3(75~80)

Kay IVY Break

76年、POLO by Ralph Lauren 全コレクション日本上陸の年。(ネクタイのみ74年から菱屋とライセンスを組んでいた) それまでは、いわゆる並行輸入スタイルでPOLO商品を仕入れ販売していたメンズショップ (それも日本の上位クラスばかり) は、大慌て。なぜならこれからのPOLOは百貨店ブランドとなるので、各地での独占権イメージがなくなるためである。急遽、POLO外しの動きが出てくるが、今まで育てた顧客への対応も重要。いい意味でもあるが日本企業はモノマネが上手くしかも早い、すぐに需要に答えてPOLOライクなアパレルが乱立する。マークポロと言うまさにポロのブランドも。なかでもエーボンハウスは、テイジンメンズショップなど有力どころを押さえニュートラッド市場のトップに躍り出て、長く指示された。

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また、この年雑誌ポパイが創刊、前年75年発売の本 ”MADE IN USA” と相まって、新しいライフスタイルを訴求する。スポーツ、アウトドア、ミリタリー、など若者発のL.A.カルチャーである。当然その流れを受けインポート・ショップが各地に増える。

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第二次アイビー・ブームも見逃せない。70年にはセントラルアパートにバークレー、75年に原宿クルーズ、76年に原宿ビームス、77年に銀座シップス、いずれの店もアップデート・トラディショナルに反旗、オーセンティック・アイビーを売り物とした。この動きもある意味POLO離れの動きとも言える。その後、これらの店は、青山ボートハウスのスエット・ロゴの爆発的な人気とも同調し急成長していったのである。POLO日本上陸前後のメンズショップの動向を語った。

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映画からもラルフローレンの世界観が見えて来る。77年ウディ・アレン監督主演の “Annie Hall” ここでは、70年代後半世界で一番ファッショナブルでエキサイティングな街ニューヨークのHIPなライフスタイルを魅せる。共演のダイアン・キートンの男物を生かしたスタイルの魅力が超人気となり、ローレン・ラルフ・ローレン・コレクションのきっかけとなる。ウディ・アレンのスタイルからは、これからのニューヨーク・トラディショナル・スタイルのクールさを感じ取れる。都会の中のM51フィールド・ジャケットが、これほどまでも魅力的だったのだと教え、その後のミリタリーやウエスタン、カントリー・スタイルへと広がっていく。ラペル幅の広いツィード・ジャケットは、2ボタン、サイドベントとなり、エルボーパッチが付く。そこにチェックのシャツを入れ、ウォッチ付き2タック・ハイウエストのチノパンを合わす。ニューヨーク・トラディショナルの基本となった。

映画 “Annie Hall” より

79年、ラルフローレンは、満を持してポロ・ウエスタンを発表する。元々、ウエスタン映画ファンで古いアメリカのウェアなどに造詣も深く、数年前より自身のニュー・トラディショナル・コレクション発表の際にウエスタン・ハットやウエスタン・ブーツを合わせて高い反応を得ていた。リアルなそれまでのウエスタン・ウェアではなく、東部の上流階級が西部の自由な空気感を求める、東部と西部がミックスされた、そんなコレクションだ。POLOのウエスタン・ウェアは、クラシック・ショップのウェアと違い、アイビー的な雰囲気が漂っている。シャツ衿は小さくなり、生地もそれまでのアーリー・アメリカン生地でなくトラディショナルな素材だが、スナップボタンやダブル・ポケット、ステッチなどディテールはそのまま残した。また、ウエスタン・ジャケットではなく、普段使いのニュー・トラディショナル・ジャケットを羽織る。ヘリンボン・ツィード(リネン) の2つボタン、サイドベント、9~10cmの広幅ラペル。ブルー・ジーンズにはコンチョベルトを合わせ、ウエスタン・ブーツを履く。他にもダンガリー・シャツ、フィールド・ジャケット、リボンタイ、ウエストコート、ターコイズ・アクセサリーなど、ポロ・ウエスタンからブームになったアイテムは数多い。

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日本でも同様な動きが始まり、東京では “ベイリー・ストックマン” 大阪では “ファニー” が代表的なウエスタン・ショップ。また、メンズショップ でも、コーディネートに、ウエスタンの要素を組み込んだ。ウエスタンと同様の動きが、ミリタリー、カントリー、サファリ、サーフィンなどライフスタイルの変化を組み込むファッションがニュートラッドの流れとなる。

これら一連のラルフローレン・スタイルの進化が日本でもマニアだけでなくGATSBY映画からのファンまでも取り込んでいく。ニュー・トラディショナル・スタイルは、ロングアイランドの邸宅イメージからニューヨークのヴィレッジ・イメージへと変わり、さらに多様なライフスタイル、(カントリー、ウエスタン、サファリ) 、これらを加えたポロ・イメージを構築したのが75~80年。そして ”TAKE IVY” 世代(20代後半~30代前半) の日本のラルフローレン・ファンも、アイビーからニュートラへと変わっていった。

70年代初めのニュー・トラディショナル・スタイルは、70年代後半に入るとニューヨーク・スタイルとなり、さらにL.A.や東京などストリート的な要素を帯びて来るのだった。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “The Great Gatsby”

Kay Coffee Break

グレート・ギャッビー

サム・ウォーターストーン

待ちに待ったギャッビー映画を観たのは僕が27才の時、RLファンと一緒にだ。あの時の興奮は忘れられない。暫くは行ったこともないロングアイランドを気取ったものだ。良かったシーンはたくさんあるのだが、やはり打ちのめされたのは、もっとも平凡というかキャラウェイがパーティに出向いた際の紺ブレにホワイト・パンツ、ホワイト・ロングポイント・シャツ、レジメンタル・タイ、ホワイト・バックス、この出立ちを観た時。当時はニュー・トラディショナルが全盛期、大きめなシャツ衿のロールはユッタリとカーブ、そこに大胆なストライプのタイ、ブレザーは公開当時流行りの2ボタンでブリティッシュ・シルエット、それに合わせパンツもゆったりとしたボリューム感で。今では特になんと言うこともない普通なスタイルにすっかり感動してしまった。

主役のロバート・レッドフォードをそっちのけで、サム・ウォーターストーンのグレー・スーツ・スタイルが眩しくて眩しく、ブルーのオルタネイト・ストライプ・シャツにネイビーのペイズリー・タイ、そこにカラーピンを刺す。他のスーツ・スタイルでも、シャツとネクタイの色合わせが、まさに’70sニュートラッド、トラディショナル・ルックにカラーを取り入れた先駆けとなった。

ホームウェアからもその辺りが感じられる。ケーブル柄のVネック・ベスト、ショールカラーのカーディガンは、いずれもキャメル・カラーで、同色のパンツを合わせる抑えたスタイルで気品が感じられる。

 損な役どころなのにカッコいいのは、トム役のブルース・ダーン。上流階級ゆえの抑えられたスタイルが、またいいんです。ミニチェック・スリーピース・スーツ、クレリック・ラウンド・シャツに合わせるタイは無地タイ。そこにカラーピンを刺す。

ロバート・レッドフォードのスタイルは、まさにRLのウィンドウ・ディスプレイ的な華麗さ。ホワイトリネン・スーツやピンク・スーツはいずれもダブルのウエストコート付き、カラーピンとホワイト・バックスはどんなシーンでも欠かさない。素敵だなと思ったのは、カジュアル・スタイル、白のカシミヤVセーターにホワイト・パンツ (オルタネイトなストライプ入りの) 、そしてホワイト・バックス、白を基調にしたエレガントなルックだった。

エレガントの極め付けとなるホワイト・カラー、スーツ、ハット、シャツ・カラー、パンツ、シューズ、三人のスタイルの随所にみられる。ホワイトをうまく使ったRLの技だ。

イメージで一番アップしたのはラルフ・ローレンであろう。勿論、すでにアップデイト・スタイルを確立していたが、映像から受けるインパクトは凄すぎる。RLの想うニューイングランド・トラッドがいとも簡単に僕らに理解できたのだ。ロングアイランドに住む上流階級の優雅さは、そのまま街に繰り出すという訳にはいかなかったが、要所要所取り入れる事で僕らのニュートラッド・スタイルのギアがアップしたのだ。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講義 / ニッポン・アイビーとPOLO #2 (70~75)

Kay IVY Break

その頃、本場アメリカのトラッド市場では彗星の如く現れたトラディショナル・スタイルの天才Ralph Laurenの打ち出すニュートラディショナル・スタイルが席巻、67年に創業すると、早々に70年には当時ファッションNo. 1百貨店のN.Y.ブルーミングデールズにイン・ショップ、71年にはL.A.ロデオドライブに路面最初のショップを出し、その後の各地への出店へと繋がった。

ラルフ・ローレンの打ち出すトラッドは、それまでのアイビー校から生まれたアイビーではなく、トラディショナルに英国ジェントルマン・スタイルをプラスした、格好良く豊かなアメリカン・ライフスタイルを提案した。

‘74公開映画 ”The Great Gatsby” の衣裳担当をした事が更なるイメージを作る。曰くロングアイランドに邸宅を持つアイビー校卒業生というアメリカン・ドリームの象徴を確立、ブランド・イメージとした。ラルフ・ローレンの初期の傑作であるホワイト・リネン・スーツ、ホワイト・フランネル・パンツ、オックスフォード・シューズ、ホワイト・クレリック・シャツ、ホワイト・フラノ・ハット、とホワイト・カラーの世界が観客に夢を与えた。

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アイビー校スタイルのルールを一点のミスもなく着るアイビー・スタイルを学んだ日本の若者も70年前後に次のスタイルを模索しだす。コンポラ、コンチ、モッズ等、その当時の流行りを学ぶがやはりアイビーを知った若者には今一つモノ足らなかった。そしてN.Y.出張のアイビー先駆者たちがラルフ・ローレン・スタイルのニュースを持ち帰ると、ジワジワとそして一気にコアなファンに指示される。当初は、テイジン・メンズショップ や尼崎ナカガワなど特定のメンズショップの顧客たちから広まり、その後、日本はオーセンティック・アイビー派対ニュートラッド派の二つが併存して進む事になる。そんな時のニュートラッド一色となった事件が “The Great Gatsby” 映画の公開であった。74年は、アメリカだけでなく日本でも新しいトラディショナルが支持された年となったのだ。

アイビーのルールを学び正しいアイビーを着るという時代から、クールつまりカッコいいアメリカン・ライフスタイルを表現するという時代に移った。言い方を変えれば、”アイビー校からロングアイランドの邸宅” に越したのだ。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講義 / ニッポン・アイビーの歩みを紐解く #1 (65~70)

Kay IVY Break

大まかに言えば日本のアイビー・ブームは1964年に始まったと言えるだろう。前年12月創刊の雑誌“MENS CLUB” そして翌年の”平凡パンチ”創刊、その夏の”みゆき族”騒動、秋の”東京オリンピック” 、この一連の流れを見てみると日本のアイビー・ルックがすざましい勢いで若者に浸透していったのがよく分かる。まさに”アイビーを学ぶ時代”の到来だった。IVYを仕掛けたVANとそのフランチャイズ・ショップが瞬く間に全国に広がっていった。

VAN、JUN、二大ブランドの他にも、JAX (その後Macbethと) 、New Yorkerなど、また大阪からはマニアックなスモールカンパニーも多く立ち上がったのだ。どのメーカーもテーマは、いかに本場アイビー・リーガーのルールを伝えるかに普請していた。(勿論、各メーカーのオリジナルな追求はあるのだが、例えばVANはオーソドックスなアイビー校スタイル、JUNは青山界隈のシャレたアイビー・ルック、JAXは伊藤紫郎好みのJ.Press的なディテール重視とか)

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アイビー・ルックを学んだ若者たちは、当然のように本場アメリカのアイビーへの憧れが強まり、Brooks Brothers、J.Press からも学び続けたのだ。その集大成とも言える出来事というか本 “TAKE IVY” が出版され、国内で大人気に。(国内といったのは、はるかその後2000年代に入り、インターナショナルに人気沸騰) ニッポン・アイビー・スタイルの基礎が確立された。

60’s アイビー・ルックの特徴は、いかにアイビー校スタイルを真似るか、寸部の間違いもなく決まったディテールを学ぶことで正しいアイビーを着こなす事が出来ると考えた。Harvard、Yale、J.Press、Brooks Brothers、絶対の教授であったのだ。

“In love with IVY” より

65~70年代は、服のルールを学び正しいアイビーを着ると言う時代だった。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / ウエスタン映画とPOLO

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僕が子供の頃は(60年代初め) ウエスタン映画が花盛り、アメリカ映画イコール西部劇だった。特にジョン・ウェインが善玉の星だった。ところが高校生になり情報にオマセになった頃、実は西部劇は開拓者白人側からの一方的な描き方で、インディアンは被害者側なのだと知り (現在では誰もが知っている事だが) 急に興味が薄れていった。ちょうど入れ替わるように、マカロニ・ウエスタンなる西部劇がイタリア発で公開され、そちらは白人も悪漢となり退治されるというそれまでとは違うストーリー、それが大受けで僕も嵌った。(因みにアメリカではスパゲッティ・ウエスタンと呼ばれ、B級映画と蔑まされたが) “荒野の用心棒” は、クリント・イーストウッドがスターになるきっかけとなった映画として知られる。

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年月が経ち僕も60才を過ぎるとまたまた映画の好みが変わってくる。何よりあれほど好きだった難しい映画が苦手となってきた。クラシックでシンプルな映画を好むようになった。時代劇やウエスタン映画も然り。時代劇では市川右太衛門の ”旗本退屈男” のように決まりきった殺陣やセリフが抵抗なくなり、それを待って拍手していた昔の観客を思い出したり。ウエスタン映画でも同様で、白人開拓者対インディアン(今は、ネイティブ・アメリカンと呼ぶ) の図式がそれほど気にならなくなり、ジョン・ウェインのウエスタン・スタイルがカジュアル・スタイルの参考となった。時代劇と同じで、ウエスタン映画でも正義対悪漢という当時の映画パターンなんだと考え、社会問題としてではなく娯楽作として捉えた。

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そう考えて、スタイル重視でウエスタン映画を観出すと素敵な映画にたくさん巡り会った。これは、マカロニ・ウエスタンにも言えた。ジョン・ウェインのジーンズのロールアップ、ゲーリー・クーパーのリボン・タイ、マックイーンのデニムシャツ、などスターのスタイルがそこにはあった。

ラルフ・ローレンは、若い時期からウエスタン映画、なかでもジョン・ウェインやゲーリー・クーパーのスタイルが好きだったようで、New Traditional Styleが一段落した70年代後半、ウエスタン・スタイルとトラディショナル・スタイルの融合したラインを打ち出すと、ニュートラディショナルを初めて打ち出した時と同様なビック・ウェーブが起きたのだ。

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一例でシャツをとり上げると、NYのクラシックなウエスタン・ショップ “Billy Martin” のウエスタン・シャツと比べると、衿は小さくなり、色柄もアイビーな素材を使ったシャツで、それでいてスナップボタンやダブルポケットなどのディテールは残してある。ヘリンボンのツィード・ジャケットにもジャスト・フィット、少しだけアレンジして都会風なスタイルに落とし込むのがラルフ・ローレンの真骨頂だった。瞬く間にウエスタン・アイテムがファッション・ピープルに受け入れられた。ランチコート、コーデュロイベスト、コンチョベルト、ナホバジェリー、スエードジャケット、ウエスタン・ブーツ、、ちょっとの視点の違いで、ダラス・カーボーイ・スタイルが、ニューヨーク・ウエスタン・スタイルとなるのだった。

参考になるウエスタン映画は沢山あるが、ジョンウェイン主演では ”捜索者” “勇気ある追跡” など、ゲーリー・クーパー主演では “真昼の決闘” “ベラクルス” など、面白くまた参考にもなる。

“捜索者” ウエスタン・ジャケット
“真昼の決闘” リボン・タイ

他に好きな映画として グレゴリー・ペックの “大いなる西部” ヘンリー・フォンダの “ワーロック” ジェームス・ガーナーの “墓石と決闘” など多数。どの映画からも、カジュアル・スタイルのヒントがもらえる。

ラルフ・ローレンのウエスタン・スタイル絡みで女優の話ですが、アリ・マッグローを取り上げたい。”ある愛の詩” での素敵なセブンシスターズ・センスが浮かびますが、雑誌 “ハーパーバザー” “ヴォーグ” などファッション雑誌でも、ヒップな写真を見る事ができます。デニム、ターコイズジェリー、スエードジャケット、メキシカンベルトなどと組み合わせし、アイビーとアメリカン・ウエストを融合した独特なボヘミアンルックで魅せました。当時のラルフ・ローレンのイメージ・キャラクターであった事がうかがえる。

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僕がワシントンのホテルでローレン氏のウエスタン・スタイルに出会った事は以前話したが、それ以降、僕はウエスタン・ショップ通いが続いた。大阪ではFUNNY 、東京ではBailey Stockman、NYではBilly Martinと。2年程ウエスタン・アイビー被れとなった。

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今でもその当時のコレクションは、少しだけ残っている。ターコイズ・リング、バングル、コンチョベルト、オルテガ・ベスト、、、残念なのは、あれほど持っていたリボン・タイが一本も残ってないという事。稀に締めてみたいと思うのだが。いずれにしろ、72~77年頃のウエスタン・アイビーの想い出話となった。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “American Graffiti” Richard Dreyfuss

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1962年9月のある夜、4人の友達がハイスクールを卒業し次に旅立ちするまでの一夜の物語。

ウルフマン・ジャック・ショー、ドライブ・イン、ローラースケート・ウェートレス、フォードやシボレーの改造車、物語を繋ぐポップ・ソング、などトップリと50’s感に浸れる映画。

物語は、夜のドライブインに集まる3人の若者達から始まる。三者三様のアイビー・ルック、50年代アメリカはアイビー・ルック全盛期、公開から60年経った現在 、街には ”Back to IVY” の風が吹きアイビー・スタンダード・スタイルがストリートの華となる。

Short-Sleeved Shirt ジャケットを着ない若者は半袖シャツを好む。(ジャケットの場合、汗をかくので必然的に長袖となるが)

シャツ・カラーは当然ボタンダウンで、フロントはボタン・フロント(前あき) とPop-over(プルオーバー) がある。素材柄はマドラス・チェック、アイビー・ストライプ、シャンブレー、バティックなど。裾を出す現代と違い、ウエスト絞りのないシャツをきちんとパンツの中に入れて、アイビー・ベルトをするのが基本。

ローラースケート・ウェートレスが似合う50年代、やはり当時は人気職業故に容姿重視の美人採用だったのだろうな。グラマー・ウェートレスが絵になるダイナー。

この映画、たった一夜の物語なので、若者達のスタイルもそれぞれ一点づつなのだが、それでもサマーアイビーを魅せる。なかでもマドラスチェックの半袖シャツを着たリチャード・ドレファスのルックが印象に残る。ゆったりとした絞りのないシルエットは今に繋がるし、裾を外に出すのも今っぽい。インナーに白のTシャツ、コットン・パンツとスニーカーを合わせるスタイルは今でも同じだ。

この映画が成功したわけの一つが、ウルフマン・ジャック・ショーから流されるポップ・ミュージック。遅ればせながら日本でも、60年代に入ってDJの音楽番組が受ける。ウルフ本人も出演しストーリーに厚みを出す。

アメリカのハイスクール卒業の儀式が、PROMという卒業記念ダンスパーティだが、青春映画では欠かせないシーンだ。男女生徒達の様々な流行がそこから窺える。

ロニー・ハワード扮するスティーブ、淡いブルーのギンガムチェック、ボタンダウン半袖シャツが青春を感じさせる。もちろんコットン・パンツにアイビー・ベルト。

一夜明けた見送りのシーン、やはりそれぞれの半袖シャツがクール。私見だが、半袖シャツを着た際のパンツは長いパンツ、長袖シャツの場合はバミューダ・ショーツで良い。(袖をロールアップする分には構わない) 何故だか昔からのルール。

この映画からアイビー・トレンドを考えると、やはりショートスリーブのシャツ。中でもポップオーバー、日本ではプルオーバーと呼ばれているが、70年代以降見かけなくなった。ここに来てリラックス・サイズで裾を出す着方が当たり前となってきたが、そうなると前立てが途中で止まり袋状になるポップオーバー・シャツがカッコよく映るようになりトレンドとなる。合わせるパンツも当時より太くリラックスなシルエットだが、チノパンやシアサッカーなどコットン・パンツというのは変わらない。この映画のクールさも変わらない。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “Jazz on a Summer’s Day” Spectators

Kay Coffee Break

夏の気配がすると、毎年必ず観たくなる映画、”真夏の夜のジャズ”

撮影された1958年はアメリカズ・カップ開催の年、その同時期同じ場所で、ニューポート・ジャズ・フェスティバルが開催。双方のイメージが相まって洗練されたアイビー映画に仕上がっている。音楽フェスティバル映画には珍しく主役は観客、それも半端無いレベルの高い50年代アイビー達だ。アメリカがゴールデン・エージを謳歌していた時代の雰囲気が感じられた。この頃の日本と言えば日活ヌーヴェルヴァーグ映画が人気で、石原裕次郎の”嵐を呼ぶ男” “錆びたナイフ” が時代を切り取る、そんな58年代。

さて、映画のオープニングはアメリカズ・カップのヨットレース映像から、ジャズに揺られてヨットが波間に漂うカッコいいシーンがこの後の展開を期待させる。

フェスティバルは、Jimmy Giuffre Threeから始まる、ベージュのコットン・スーツにペイズリー・タイ。いきなり夏の代表スーツからとはなんとクールなんだろう!さあ〜アイビーのお祭りが始まった。ジャズ映画とはいえ演奏シーンはそれほど多くなくジャズ・マニアにはモノ足らないに違いない、しかしその分HIPなスタイル映画に仕上がっていて、なかでもAnita O’dayの横顔からのショット、白と黒のドレスで弾むスキャット、素敵なアニタが炸裂していた。

Gerry Mulligan、Chuck Berry、Chico Hamilton、Louis Armstrong、Jack Teagarden、etc. プレイヤーの誰もが楽しんでプレーし輝いていた。

夏という事もあり会場は、男も女もサングラスとストローハットのスタイルが目立つ。レイバンのウェイファーラーがこの時代のアイコン、自然とスタイルに溶け込む。ストローハットも全盛期、60年代には消えてしまうアイテムとなるので、ハットをかぶるのもこの頃までか。また、この時代だけ流行ったアイビー・キャップの観客もいた。

ウェイファーラー
ストロー・ハット
アイビー・キャップ

やはり夏のアイビーには、マドラスチェックとアイビー・ストライプのシャツが似合う。意外だが、その後どちらも一旦は消えてしまう。復活したのは、マドラスは早く、80年代Preppyブームで、その後また消え2010頃のアイビー・スタイルのカンバックで再度ブレイク。アイビー・ストライプに至っては未だに復活はない。(そろそろかなという気配はありますが)

アイビー・ストライプとは、英国で生まれたレジメンタル・ストライプをアレンジ、細めの等間隔ストライプで渋めで落ち着いた色合い、アイビー・リーガーに人気を博すことから名付けられる。

真夏にも関わらずネクタイをしたドレス・スタイルも目立つ。70年代に入るとネクタイの代わりにボタンダウン・シャツからカラーTシャツを覗かせるニューヨーク・トラディショナルが人気となり、ネクタイは脇に追いやられる。

夏の主役であるSeersucker 多くの人が着ていた。当時のバミューダ・ショーツは、ハイソックスを合わせていた。

シアサッカー・スーツ

会場のオープン前の仕上げ映像も何故かアイビーして、映画のセンスが窺える。

唯一残念なのは、マイルス・ディヴィスの出演シーンがないこと、50年代アイビーだった彼をバート・スターン監督がどう映像にしているかを観たかったが、贅沢言うのはやめ真夏の夜に浸りたい。

先日、神保町を訪れた際に喫茶店 ”Trois Bagues“ でCoffee Break、丁度オープニングにも使われたセロニアス・モンクの ”Blue Monk” が流れ、一瞬だが波間に漂う感覚を味わい、映画を想う。

この映画では、個々のスタイル模写だけでなくアイビーな気分を感じたい。何を着ているとかどんな合わせ方をしているとか、それよりもアイビーな気分でいるという事がそのままヒップなアイビー・スタイルとなることを学びたい。モノよりマインドだ!

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