慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / バミューダショーツ物語

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

MENS CLUB 60’s ブラックロングソックス

まずは、堅い言い方になりますが、バミューダの正式な説明をWikipedia より引用します。

バミューダショーツ(Bermuda shorts)とは、膝丈前後(4-6分丈前後)でやや細めのズボンである。イギリス領バミューダ諸島で広く着用されることから、この名前が付いた。

リゾートファッションとしてのバミューダショーツは1960年代にアメリカ合衆国で流行し、1970年代にはアイビールックやサーファーファッションとともに日本などにも波及した。

バミューダ(Bermuda)は、北大西洋にある諸島でイギリスの海外領土である。イギリスの海外領土の中でも、政治的・経済的な自立度が高い。金融部門と観光産業に支えらている。

バミューダ諸島においては、公式の場(仕事やパーティなど)においても着用が許され、正装と同じ扱いになる。ただし、正装においては脛が隠れるように膝下までの長いバミューダホーズと呼ばれる靴下と組み合わせるのが必須とされている。

———-以上、WIKIPEDIA より抜粋し編集———-

オリンピック毎に、楽しみにしているバミューダ諸島のユニフォームスタイル。

LIFE誌より引用 / 60年代当時のスタイル

日本には、アイビールックとして紹介されるが、当初はバミューダの正式なスタイルからの模倣が推奨され、ハイソックスが必須だった。写真のように、ブラックニットタイに、平和堂のチャッカーブーツ、黒のハイソックスという具合に。

その後、ソックスに色物も合わせるようになり、それに伴いスタイルの幅も広がり、バミューダショーツを履くアイビー派も増える。

“MENS CLUB” より引用

70年代後半には、バミューダの解釈の幅もずいぶんと広がり、パンツを膝上でカットオフしたパンツをバミューダショーツとして学生たちは愛用しだした。そこから、アイビーでない若者もはくようになる。

80年代にはバミューダショーツは、オシャレに関係ない一般にまで広まり履かれるようになり、当然裸足にモカシンはまだしも、裸足にサンダルなんて合わせ方も。

今ではヘタをすると、昔のステテコスタイルと変わらないアイテムとなる。でも、僕は、60年代の心意気でバミューダショーツを愛したいと思う一人です。

僕の場合は、黒ソックスにチャッカーブーツ、そしてブラックニットタイがセットです。あとは、ほどほどの組み立てで何でも合わせちゃいます。

進化形というわけでもなく、3~4年前あたりから白ソックスをルーズにして合わせたりもしだしました。でもやはり、色としては、黒と白、それだけです。

ミリタリー系のカーゴパンツもバミューダショーツの進化形でしょうか。70年代は、グルカショーツもありましたが、あれよりもリラックスなシルエットで履きやすいので人気があります。

青山散歩から近ブラまで、バミューダ諸島ドレススタイルから近所のスタバスタイルまで、僕にとって夏の主役、皆さんも同じでしょうね。でもせっかくなら、ちょっとでもオシャレに合わせたいですよね。そのための第一位は白バルキーソックス、第二位は黒ニットタイ、第三位はプルオーバーシャツ、ciao!

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慶伊道彦 IVY STYLE 手引き / シャツジャケット擬にトライ

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高温湿度の日本、背広を着るにも気合がいります。出来るビジネスマンは、それでもしっかりとスーツで決めているかと。せめて、週末くらいは、ノータイでリラックスしてください。

僕の会社時代の思い出から顧みると、スタイルにこだわる男は、ウィークエンドも頑張っちゃうんですよね、これが。

そこで今シーズン、僕が意外と気に入っているルーズスタイルから。紹介してみますので、参考になればいいかと。

シャツジャケットスタイル、ではなくて、まさにシャツスタイル!僕的には、なかなかシャツジャケットまでは、揃えたくないかな〜と。なぜなら、そのコストはジャケットに注ぎたいですから。だから、最近のシャツジャケット販促には乗りたくないのです。

若い頃よく着たCPOジャケットを思い出すでしょうが、CPOは、結構ラフさが魅力、マルボローマン!昔いましたよね。あんな感じ。だから、あ〜ならないようにはしたいですよね。

それには、ドレス感覚とかエレガンス感覚をプラスすることが必要。

僕は、一昨年から少しずつ購入したシャツ、これまでのタイトフィットなシャツと違い、70年代よく買ったストレートシルエットなラインのややオーバーサイズなシャツ。それをジャケットだ!と位置付けして着ています。

ボールドストライプのシャツ、インにポロシャツを取り入れ。ライン入りのパンツも合わせ、カジュアルになりすぎない様に気をつける。シャツの中にポロシャツを着る組み立ては、80年代のプレッピーでもよくやりました。シャツは、パンツインしてましたが。

コットンパンツが一番相性がいいかと思いますが、スエットを取り入れた場合、カジュアルになりすぎない様に。秘訣は、何か一点!ドレス関連グッズをプラスすること。あと、これはストリートではないんだ、オシャレしてるんだ!と思い込んで着ること。それだけでもちょっとは変わります。

シャツの中には、下着Tシャツ以外がよいかと。カジュアル感が強くなり過ぎるので。色ものスエットとか、オシャレ感がでますし合わせが簡単です。

ストライプやチェックなど柄物シャツが使いやすいですが、無地シャツを選ぶんでしたら、白シャツがいいです。ダークなネイビーやブラウンなどもいいのですが、シャツでその色を持つことはなかなかないのでは?淡いカラーを選ぶのでしたら、白の方が組み立てが簡単。パンツにシアサッカーを持って来れば完璧!

また、セーターを肩掛けしたり、腰に巻いたり、一枚加えることで、オシャレ度が増します。チノパンもこの様にラインを入れて履けばニートな雰囲気。

勿論、シャツジャケットが有ればあったで、使い方がもっと楽でしょうが、僕のようにわざわざ買いたくないなあ〜という方のための話となりました。手持ちでオシャレ、センスアップ間違いなし!

私事になりますが、Instagram乗っ取りにあった事は、お話しましたが、一か月以上たっても、Instagramから戻していただけないので、やむなく再出発スタートとなりました。以前フォローしていただいた方もそうでない方も、宜しければフォローのほどよろしくお願い致します。もっとも、フォロー数にとらわれないで楽しませていただきますが。instagram @kay.Ivy.album

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / POLO by Ralph Lauren 愛を語る

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POLO by Ralph Lauren、言わずと知れた超メジャーブランド!僕が語るまでもなく、有名な逸話がたくさんSNSには載っています。あまり同じことを連呼してもつまらないでしょう。そこで、僕の青春時代に出会ったPOLO知識を拠り所にして、まとめてみました。

まずは、時系列で追っていきますと

1967年、ボーブランメル社でネクタイデザイナーとして出発 (ブルックスブラザーズにて、ネクタイコーナー販売を担当していた) ここで、ニューラインタイを発表しトレンドセッターとして、支持される

The Beau Brummel Tie エンパイアステイトビルディングのショールームにて ”POLO” ネクタイをお披露目 1967年

“WWD / Fifty years of Ralph Lauren” @rizzolibooks 引用写真です

当時、トラディショナルタイの幅は、2.5inc. (6.5cm) が普通。それを、3.5inc. (9cm) で発表し爆発的人気に。実際、たかだか2-3cmくらいのものですが、両方のネクタイを並べてみると一目瞭然、圧倒的な迫力が。それにより大柄デザインも取り入れることが出来る様になりました。ラルフローレンは、さっそく英国貴族の好む馬蹄柄やハンティング柄を加え、トレンド入り。

当時の広告には、THE BIG KNOT とキャンペーン。左のネクタイのネームラベルは、スタート当時の貴重な ”POLO” ネームです。

“WWD Fifty years of Ralph Lauren” @rizzolibooks

イタリアのラッティ社でプリントされたシルクモチーフタイ、9~10cm のビックノットタイ、僕も初めてこの手のネクタイを見た時、デザインの発想に唖然としました。どうしてこんな素敵なネクタイが考えられるのだろうと。1971年頃の事でしょうか。

それが、僕が ”POLO” ブランドの日本導入を思い立った始まりでした。73年、幸運にもOKの連絡が来て早速 NY に飛んで行きました。交渉などはラルフの実兄の担当だったので、残念ながらラルフとは握手できませんでしたが無事締結。( 始めから分かっていたような話ですが、結局契約は2年間限定で、日本市場のマーケットリサーチ役みたいな感じの位置 ) 本番は、VAN と西武が戦い、結局当時最もブルミングデールに近いと言われた西武百貨店が落札。以後の経過は皆さんご存じの通り。

ラルフローレンはネクタイ分野からのスタートだったので、まずはNY市場と同じくネクタイ分野からスタートさせたかったのでしょうか。それが、僕 (というよりネクタイの菱屋) が契約できた理由で、それはそれでセンセーショナルな出来事だったと思いたいですが。

翌日、案内されてブルックリンにあるPOLOの商品部というか物流倉庫に。想像以上のスケールの大きさにたまげた思い出があります。こんなゴッツイ会社とできるんかいな、ウチみたいな小さな会社が?と (懐かしい思い出でした)

bloomingdale 広告 / 引用写真

1970年、ニューヨークのトレンドデパート (当時としてはNo.1の) ブルーミングデールに、インショップとして出店。初めてのフルラインの Flagshipとなりました。僕が初めてNY出張したのが72年ですが、やはりネクタイやシャツなど単品では、いくつかのショップに陳列されてましたが、フルラインで展開は、ブルーミングデールだけだった。

翌年、ワシントンD.C.に行った際、おそらく東海岸単独ブランド路面店一号だったのではないかと(フランチャイズでしたが) 凄く素敵な店ができていて感動した事を思い出します。ロスのビバリーヒルズとココからスタート

斬新なデザインのWブレザー6ボタン、太いラペル、タイ —引用写真—

1970年、デヴューしてたったの3年後、Cote award (Mens Style のアカデミー賞) 獲得!

@ralph.Lauren.style

この時のスタイルに注目!リボンタイ!70年代、僕たちも真似て大ブームに沸きました。まるでウエスタン映画に出てくるような格好でリボンタイを結んで街をウロウロしたもんです。

1972年、LACOSTE をベースにデザインされたPOLOのポロシャツが発表!( Rene Lacoste 1920’s ) 24カラー展開で、大評判となりました。ポロマークのネクタイ、ボタンダウンシャツ、そしてポロシャツ、世界中のファンがロゴに魅了されました。

では、師匠のスタイル写真から学びましょう!

デニムのウエスタンシャツ、シャツ襟をショートにしてモダンに魅せます。当時のウエスタンシャツは、シャツ襟はロングでしたが、それではちょっとオジサンスタイルゆえ。ラルフは、さらにそこにウールチェックのネクタイを結び、カントリーモチーフバーを刺します。タウンとウエスタンのミックス!シルバーバックルのウエスタンベルトも大ブームに、これもラルフローレンからの波でした。

ラルフ牧場を所有するくらいカーボーイライフが好きなラルフローレンの一押しは、この写真!古びたデニムウエスタンシャツに、ツイードジャケット。70年代調のビックラペルに下ボタン留め!大好きな写真です

このスタイルも大好き写真!ショートカラーの白ウエスタンシャツに黒のスリムニットタイ、大剣をパンツの中に入れる。このやり方は、衝撃を受けました、当時。ヘリンボーンツイードの色もいいですね、黒白のはっきりした柄。ウエスタンをミックスしたアイビースタイル。

引用写真 @ralph.Lauren.style

この時身につけている時計が、当時まだトレンド入りしてない Rolex でした。さすがにこのような高級時計は、マネできませんでしたが、好きなアイテムをミックスして、アイビースタイルに落とし込んでいくという作法を学びました。

チョークストライプスーツの着こなしも学びました。スーツで着る英国風は勿論ですが、上下バラバラにしてカジュアルアイテムを合わせるコツを。デニムシャツにチョークストライプは、相反するアイテムなのに実によくマッチする事を教えて頂きました。僕は、今でもこのスタイルや、逆にチョークをパンツに持ってきて、ツイードジャケットを合わせたりして楽しみます。

80年代を先取りした写真家 ”Bruce Weber” 彼の撮るラルフローレンコレクションは、今までとも違った魅力を引き出してくれました。プレッピー時代を乗り切れた戦略の一つに、彼の造る広告がありました。

実にモダンにかつ今日的な捉え方をした写真

さて、ブランドスタートからを振り返るとラルフローレンの凄いのは、ここにあったのではと思います。それは〜

ワイドタイから始まり必然的にビックラペル、ロングシャツカラー、そしてタック入りのややワイドなパンツ、それに合わせてシューズもロングノーズに。全てのサイズを大きくして、ゆったりエレガントにする。ここまではわかるんです。しかし、ここからがラルフローレンの真骨頂!メンズのシャネルと言われる所以。

シャツカラーをレギュラーに、さらにショートポイントにしていきます。その方が当時斬新だったからですが、そこで困るのがワイドタイの太いノット、そこで彼は、ネクタイの結び目のシェープを極端に細くしたボトルシェープを採用。そうする事で、小さなノットがピタリ!とショートカラーに収まり、なおかつ全く新しい匂いのトラディショナルスタイルを作り上げました。スモールノット!これだけのことですが、誰にも出来なかったすご技!

ボトルスタイル / 引用写真

副産物として、ノットの下にふっくらとしたシルエットも出来、ウエストのシェープラインと合わせ、エレガントなニューイングランドスタイルが出来上がった訳です。アイビーアイテムから逸脱しないで NEW TRADITIONAL を構築させたということはスゴイ技でした。

1986年、いよいよ Ralph Lauren の本丸が誕生しました。Madison av. 72st. の歴史的建造物であるマンションを丸ごとショップに。さらなる飛躍の礎となる。その後の発展経過は、皆さんご存知の通り、今では知らない人はいないというブランドとなっています。

他にも、映画 “ギャッビー” “アニーホール” の話や、”Preppy” ”Black Ivy” ”Rugby” などなど話したいことは山ほどありますが、スタート当初からの5~6年間の話だけにしました。ラルフローレンファンからお叱りを受けてないか内容は心配ですが。

——写真は引用写真です——

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / 雑誌 “CrossEye” から ‘80を読む

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くろす・としゆき著 “CrossEye”1980を読み解きます。

くろす先生が、自分の趣味、考え方等を (ある意味自由奔放に) お書きになったコラム誌。アイビールックの精神を築かれた方なので、どのコラムも氏らしいと納得。メンズスタイル黎明期の右も左もぶっ飛ばせ!的な気分がよく伝わっています。

当時の人気モデル&ゴルファー / 入江勉

氏いわく、流行に振り回されるな!流行病から抜け出すと、煩わしさがなくなり清々しくなる。そこでスーツ本来の美しさは、オーソドックスで色も当たり前なグレーと気づく。プレーンなタイ、シャツ、シューズも同様。これらも身につけたあなたは、身だしなみの良い紳士という評価を受けるに違いない。私の好きな伝統的な服とは、こんな服の事。

これはまた過激なコラムである。氏いわく、メンズショップは堕落した、死んでいる。一昔前のメンズショップは、店員がスター!店員を中心とした社交場であった。しかし、お客様の多様化ニーズに合わせるという今の風潮が緊張感をなくしてしまった。主張ある厳選された商品、自信に満ちた店員たち。これがメンズショップの正しい姿だ。

氏いわく、あなたは他人の靴を履いて気持ちいいですか?靴の底には、自分の気づかぬうちに足の裏の凸凹に合わせて起伏ができているのです。だから、新しい靴を履くと馴染むまでに三ヶ月くらいはかかります。足の裏に直接当たる底皮のことを(中底)といい、地面に当たる方を(表底)と区別します。英国人は、折角馴染んで自分仕様にした中底を大切に大切に使います。ですからイギリスの靴は、グッドイヤーウエルト式製法なのです。表底だけを換えれるからです。自分にあった中底は、繰り返し修理して履き続けるための大切なパーツです。

ボンドストリートほどの派手さもなく、かといってセントジェームスストリートほどの意固地なところもない。自分から仕掛けることを嫌い、常に受け身。氏が愛でるジャーミン・ストリート。その案内レポート。20番地の(アイバン) 古臭い理髪店。男性用化粧品が良い、昔ながらのパッケージのローション、コロン、石けんなど。隣には、古めかしい帽子店(ベイツ) ツィードのハンティング・キャップやカントリーハットも充実。コーナーにある(シンプソン) にはダックスの商品ディスプレイ。食料品の(フォートナム&メイソン) 、ダンヒル、南側では、(トリッカーズ) 靴店、ここではスリッパを手に入れたい。黒ベルベットに金モール刺繍で、フォックスやイニシャルなど。(ターンブル&アッサー) 世界中の伊達男たちがオーダーするシャツ屋。ドレッシングガウンも有名。ジャーミンストリートは、シャツ屋で有名な通り。(ハービー&ハドソン) など5~6軒はある。(フォスター&サン) 最高の靴店。オーダーメイドが中心。(アストレイ) などパイプ屋も多い。ジャーミンストリートは、まさにこだわる男のための男の街といえる。(4ページにわたって書いてあるので、これはほんの紹介)

氏いわく、初めてのアメリカ!チャコールグレースーツが目立つ中に、一人だけカーキのコットンスーツの男が衝撃!初めてのコットンスーツとの出会いだった。 (コットンもよいがシワになるから)という人がいる。コットンにシワがよらなかったら、それこそ気持ち悪い。コットンはシワを着ることになるのだから。カーキのコットンは、都会の男女を、精悍で、野性味たっぷりな生き物に変える。

氏いわく、バミューダ訪問は、この島の名前を世界的にしたショートパンツ、(バミューダ・ショーツ)に出会うことだった。格調高い専門店(トリミンガム)の店員にたずねてみた。バミューダ・ショーツとハイソックスの色の組み合わせは、どうあるべきかと。(ソックスの色はジャケットの色とマッチさせるべきである。それがバミューダ式のコーディネションである)

氏いわく、そもそも一流品とは何のことか。どこの誰が、一流品、二流品の判断を下したものか。一流も二流もそれは使う人間が決めることで、うまいもの屋の採点とはわけが違う。他人の眼を意識する必要は全くない。好況、衝動買い、使い捨ての時代は完全に終わった。服に主義主張を持て。服はあなた自身のメッセージだ。何も語りかけてこない服が、世の中多すぎる。

氏いわく、卒業後 VANに入社。退社するまでの10年間、ボタンダウン作りに熱中した、といってもいいだろう。VAN, KENT, そしてGANTと手がけた。いかに本物を創るか、そればかりを考えていた。そんな時代を経て、今日のボタンダウンシャツは存在している。私にとって、ボタンダウンシャツは切り離せない存在、いわば皮膚の一部みたいなものだ。

本誌のモデルを務めるのは、ゴルファーの入江勉氏。くろす氏が監修するブランド “ダンマスターズ” の専属モデルでもある。当時、そのカッコいい大人ブリで、僕たちの憧れの的となる。

なにせ、トラッドスタイルが似合う。これは、顔やスタイルだけでなく、彼の持つオーラ(アマチュアゴルファー時代の戦績とマナーから)が素敵だから。

上記以外にも、多くのコラムが語られていましたし、取り上げたコラムの内容も部分的なので、食い足りないところもあったかと思います。くろす・としゆき氏にご興味を持たれた方は、是非この雑誌を手にとって読んでください。(なお、今回は、あえて僕の思いは入れないでアップいたしました) また、1980年の風潮や流行の基で発刊されてます事を考慮して下さい。

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “真夏の夜のジャズ” MENS 編

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“Jazz on a Summer’s Day” 58年に開催されたニューポート・ジャズ・フェスティバルのドキュメンタリー映画。アメリカ公立フィルム登録簿に登録されている名作。アイビー好きなら、誰もが一度は観ているかと。

また、同時期にアメリカズ・カップが開催!アイビーなストーリーをさらに深めています。この頃のレースは、タイテク度も少なく、その分、シーンとしてはより美しいと感じました。

僕は梅雨シーズンがやってくる6月になると、例年となりますが、またまた観たくなり、ゴソゴソとストックからDVDを取り出す。

今回は、プレイヤーでなくフェスティバルの観客にスポットを当てて観てみました。まずは、男性スタイルから。

ここに写る全員がアイビーしてますね、手間の二人のアイビーカットに黒タイとサングラス!後ろのハーフスリーブの面々もクール!女性のスカーフの扱い方も素敵。

フェスティバルにタイをしてドレスアップ!この時代は、こういう粋なスタイルも残ってました。三人共にしっかり白チーフも刺してます。

手間のVネックのポロがカッコいい、後ろのアイビーキャップも様になっている。

コットンスーツ、レジメンタルタイ、マドラスシャツ、バミューダショーツ、ホリゾンタルポロ、、、、満載!この一枚の写真だけで、この映画の魅力を語る。

アイビーストライプのオープンシャツ、白Tシャツがのぞく、

この時代流行りのレジメンタルストライプのシャツ、ダークカラーが必須。女性の50’sサングラスやストローハットも素敵。

まさに何も考えてないようでも様になってるスタイル。脱力感がいい、夏にコーデュロイらしきジャケットも!

これぞ、バミューダショーツスタイルの基本かな、マドラスシャツとチノカラーの合わせ。

赤にキメマッチな二人、チェックのアイビーキャップが素敵!何でもないようなスタイルだが、赤、黒ショーツ、クロハイソックス、考えてますね。

チェックチェックチェックなのに、なんとも言えないバランスを感じる。チェック合わせの模範、一歩ズレればダサくなるから注意。

ボーターハットもニューポートに似合う。ストローハットの男女が多いのも、このニューポートの特徴。ハーフスリーブシャツは、50年代の定番。

この映画、成功要因の一つが、フェスティバルの観客をたっぷり映した事、監督は、偶然かそれとも狙ったのか、当時大流行したアイビースタイルを証明した歴史的資料となる。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / “GQ USA”版 アメリカンスタイル変遷史

アメリカGQ誌で、50年代から80年代のアメリカントラディショナルスタイルの流れを見る事ができる。同時代同種な雑誌でした “Mens Wear”誌は、70年代前半で廃刊となったので、GQ誌だけが伝えてくれる。

GQ誌の50年代は、大人のコンテンポラリースタイルを推奨。その頃ヨーロッパの代表雑誌である、 “ADAM” の影響を企画の面では受けてはいるものの、アメリカ独自のスタイルを打ち出ししていました。アメリカンコンテンポラリースタイル

1958年
1959年
1960年

60年代に入って、よりGQらしい匂いが出てきたかと。さらに磨かれたアメリカンスタイルで。アイビースタイルの方は まだ発行されていた “Mens Wear” に任して、こちらはハリウッドスター・スタイルを中心にラグジュアリーなアメリカンメンズスタイルを打ち出す。

1961年
1962年
1963年
1964年

70年代に入ると、新星ラルフ・ローレンを中心にした組み立てにシフト。アップデートトラディショナルスタイルがヒートアップ、1974年に公開された映画 “GATSBY” 公開でピークを迎える。

1974年
1975年
1976年
1977年

1978年の雑誌からは、明らかにラルフ・ローレンとその一派たるデザイナーたちのアップデートトラディショナルスタイルを打ち出しする。僕もこの頃のGQ誌を見て、60年代アイビー以来の刺激を受ける。今から想えば、GQ誌は、1974~78 頃が、一番アメトラで輝いていた。

1978年
1979年

80年代以降は、アメトラもトレンドの地位を譲り、デザイナーブランドを中心にしたヨーロピアンスタイル全盛の時代となる。このバブリーな流れは、1987年のブラックマンデーまで続く。

1980年〜

1990年以降は、二度のバブル崩壊もあり、ストリートやスポーツスタイルがトレンドNo.1となる。ドレス分野は、イタリアファクトリーブランドがデザイナーブランドに代わり台頭、ゼニア、キトン、ラルディーネなどは、今日でも主役の座を守っている。

“MENS CLUB” “GQ” 共に、60〜80年代前半までが輝いていました。僕たちは、たくさんのスタイル勉強をそこから学びました。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / Bert Pulitzer 70年代活躍アパレル

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Bert Pulitzer バート・プーリツァ この名前を知ってる方は、ハーバード大クラスのアイビー通である。

僕が、”Bert Pulitzer” ブランドを知ったのは、71年、ボストンのとあるデパートネクタイ売り場。イエローの素敵な小紋プリントタイがズラッと並べられていたので、手にとってラペルを見たのが最初。(それまで僕らには、バーガンディベースが主役だったので、イエローは非常に新鮮) それ以来そのブランドが気になって仕方がなかった。しかし当時のアメリカは、現在の日本の状況と似ていて、小売店はその店独自のネームラペルをつけていたので、なかなか見つけることはできませんでした。おそらくそこそこのお店では並べられていたと思いますが。その後、しばらく経過〜〜

Bert Pulitzer氏と小紋プリントタイ

帰国して、早速イエローベースのプリントネクタイを制作しますが、国内製ですと、当時の見たイエローの色が上手く出ないので困ったものです。そこで、イギリスのデヴィット・エヴァンス社からサンプルスワッチを取り寄せることにしました。さすがの本場、素敵な小紋プリント生地がたくさん送られてきて感激したものです。

さて、バート・プーリツァの話に戻ります。”MENS CLUB” 1980/05号に、浜田容子さんのNew York Fashion Express 記事よりピックアップしました。

親父さんのネクタイ会社を継いだのですが、企画を当時トレンドだった “ナチュラルショルダー” マーケットに集中させ社運を盛り返す。ナチュラルショルダーというのは、ブルックスブラザーズ的なクラシックを表現する別名。

タイは、スクールカラーのレップレジメンタルタイ。シャツは、クラシックをアップデートしたニューヨークトラッド。ブルックスのシャツよりボディはテーパード、カラーも短めにし、ナチュラル素材だけを使用。

独自のディテールとしては、ステッチは3/16inc. 小さめでダブルステッチ。ポケットにはペンシルホールをつけ、ボタンは穴4つ、クロスステッチでつける。特に力を入れる素材は、ピンポイント・オックスフォード、シルクのような光沢感が人気、1インチの長さの中に18から22針目のステッチを入れる。(70年代当時のボタンダウンシャツの動きがわかるかと)

1975年よりセーリングジャケットを作る。1型だけのデザインで色ちがい、セーリングには勿論、ウィークエンドにも間に合うもの。本当にいいものが一つあったらそれでいいという考え、クラシックとはそういうものだと (本人もセーリングをはじめ、スポーツが大好き) また、”トップ・サイダー” のネーミング生みの親であるバートらしいセンスでした。

僕が、彼のオフィスに訪問したのは、その後80年代の半ば。その時は、ブランドを、” XMI “ として販売しだした頃。ブランドを変えた理由を聞くと、彼自身のネームブランドは出資者に奪われたと語る。そこで、新しいブランドで再起を図ったわけです。3-4年、僕とXMIの付き合いが続きましたが、いかんせん日本では、ニューヨークトラッドといわれる大柄のプリントタイがマーケットには乗らなかった。やむなく解約となるが、短かい期間でしたが楽しい付き合いをさせてもらいました。彼も、スキーやインラインスケートをしていたので、仕事以外でも話が盛り上がりましたし、何よりもニューヨークトラッドの話を共有できたのが大きな思い出。

大柄なプリントタイは、80’sNYで大ブレークしたが、日本では、とんと受けなかったです。ただ近年、似たようなやけに大柄なネクタイを、日本でもクラシコ派は身につけてます。

そういう訳で、NYの80年代は、ボールドなパターンが全盛、ストライプタイもプリントタイも。これは日本にはなかった動き。当時、日本はプレッピーブーム、そしてその後のDCブランド、アルマーニなどが席巻した時代。NYとは全く違う動きをしていましたから。

80年代活躍したタイウェア女史 “Vicky Davis”

もう一人、NY80’s で、注目したいネックウェアデザイナーがいます。アイビーとは全く関係ないラインですが、ニューヨークスタイルという事で紹介します。巻き毛のワイルドなヘアースタイルにオーバーサイズのメガネがトレードマーク。この方、女性だから考えるネクタイの楽しさを表現。スタートの極スキニータイが受けたことが始まり。その後、ポップなアートタイブームに乗り飛躍。ユーモアあるボータイのコレクションも話題に。同じグループには、”Format” タイなどもありました。

ART感ユーモア溢れるデザインタイ

80年代のNYは、ヤッピーが闊歩した時代、バブル景気が、アートをビジネスにまであげる。ファッションも、それに乗り、高級感あふれるスタイルが全盛。数々の新人デザイナーが生まれる。今日、何人のデザイナーが残っているか。

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “Mr.Novak” 学園アイビードラマ

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

“ミスターノバック” このドラマ 63年~65年 2年間放映され、大ヒット!シリーズは、ロサンゼルスのジェファーソン高校の理想主義的な1年生の英語教師、ジョン・ノバックが、生徒や同僚の教師の人生にしばしば巻き込まれていく姿を描いています。ノバック先生を演じるのはジェームズ・フランシスカス。日本では武田鉄矢の金八先生にあたるようなシリーズかと。 ===一部Wikipedia より引用しました===

アメリカの60年代学園ドラマなので、アイビースタイルを堪能できるのが嬉しいドラマです。

ノバック先生を指導支える校長役、とにかくオシャレなスーツスタイル。僕が若い頃ハマったコンポラスタイル。ラペルの細さと型の変化に特徴がある。また、短いサイドベンツも。写真のスーツは、フィッシュマウスと呼ばれていたラペルじゃないかと。

ノバック先生は、基本トラッドスーツ。ボタンダウンシャツにウィンザーノット、当時、ネクタイをウィンザーノットで結ぶのが流行り。また、タイバーを下の方に刺す。隣の学生は、マルチギンガムシャツにハリントンジャケットという、当時の学生定番スタイル。

第一話、電信柱コンビのジム・ハットンに似た彼のスタイルは、プルオーバーシャツ!ダークなバティックプリントや60’sプリント柄の半袖シャツがクール。背が高いだけで、アイビーセンスがアップするのが、よくわかる。

プリント半袖シャツ、夏のアイビー代名詞。そう言えばY2Kアイビーは、長袖のロールアップが主流でプリントシャツもまだきてませんよね。企画者がユニクロ的定番が強い今の時代は、あえて冒険しないせいでしょうか。それとも時代性かな。

第二話、お茶目なボーイ。当時大流行りのボールドストライプシャツを着ています。昨年あたりから、このような縦ストライプのシャツがポチポチ見れるようになってきました。

後ろのレディのワンピースも同柄で、このストライプ!イカしてますよね。隣のチェックシャツの女学生といい、このドラマはアイビースタイルの宝庫!

第三話、校長は、カラーピンシャツ、Mr.ノバックは、ショートポイントボタンダウンシャツにタイチェーン、どちらも60年当時のナローラペルスーツ、ナロータイ。

同僚の結ぶネクタイが素敵、写真ではわかりづらいですがバティックプリントタイ。60年代を感じさせます。

生徒のニット、ライン入りカーディガンがあたかもテーピングを施したジャケットの気分。ダークなカラーシャツを中に着るのも60’s

第一話から第三話までのシーンから、抜粋しましたが、初めに言いましたように 60’s~70’s の学園モノは、アイビースタイルがわんさか観れるので、ストーリーよりそちらにだけ気がいっちゃいます。”のっぽ物語” “ボーイハント” “アニマルハウス” “アメリカングラフィティー” etc. もっとも当時のTVシリーズは、DVD化されてないので、なかなか観れません。是非ともDVD化して頂きたいですが。まずは映画からでも観ましょうか。

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慶伊道彦 IVY STYLE 手引き / マドラスチェックの魅力

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

私事になりますが、2022/05/02 Kay の Instagram が乗っ取りにあい、手元から消えました。(その経過はまた別の機会で) その為、YouTube と Blog のアップ頻度が増しました。Blog も今週3度!そういうわけでお騒がせいたします。

さて〜大好きなマドラスチェックの話です。

マドラスチェック(Madras check)は、インドの南西部マドラス(現在のチェンナイ)あるいはその周辺地域の織物によく使用される格子柄。細い綿糸を用いた多色で大柄な格子縞。天然の染料によるにじんだ色模様が特徴。60年代使用された染料は滲み(bleeding) が出るが、現在作られているマドラスは、色落ち防止加工が施されている。アイビー、プレッピースタイルのファンが大好きで、インディア・マドラスとも呼ぶ。

1900年代前半、マドラスは、空調のない時代には通気性が高く暑い夏に耐えられると高く評価され、人気を博し、暑い地域で のワードローブとして定評のある素材となった。

アメリカでは、1930年代、カリブ海の暖かい海岸への休暇旅行はステータス・シンボルの一部になり、これらの楽しい旅行から戻った人々は、お土産としてマドラス・シャツを持ち帰った。ブルックス・ ブラザーズは、生地の特性に注目し、暑い季節の製品に組み込む。アメリカで最初にマドラスジャケットやマドラスショーツを作り、大ヒットを飛ばすことになる。

Authentic Model

60年代の初め、マドラスシャツは、当時増え続けた学生たちに圧倒的に指示され、アイビー・ルックとしてブレイクした。当時、インドの織工が使用していた天然染料は、汗で色落ちするが、むしろ洗濯後の色落ち味を学生たちは楽しむ。

クレージーマドラスと呼ばれるパッチワークされたマドラス地も、ジャケットやショーツに使われて人気に。派手な柄がさらに派手になるのだが、何故かしっくりくると感じるのはアイビー派だけだろうか。民族調の一つとして考えると、そう派手にも見えないのかと。

では、マドラスを使ったスタイルから

マドラスジャケットには、やはりオックスフォードシャツにニットタイ、これは鉄板でしょう。持ってくるパンツは、ほとんどのモノとの相性がいいのですが、特に生成りのコットンパンツとは、スーッと溶け込みあいます。

MENS CLUB より引用

ホリゾンタルのニットタイは、気をつけないとうるさ過ぎに。僕なら無地を薦めます。ラコステタイプのポロシャツも相性よしですね。今シーズンなら、オレンジ色のポロもいいですね。

MENS CLUB より引用

マドラスのネクタイもウィークエンドスタイルとしてカッコいいです。薄いコットン地なので、シワになり2シーズンくらいしか保たない贅沢品です。ただし週一で、綺麗なプレーンノットで結んで使用すれば、長持ちします。

@takahashi.hideki.790 より引用

意外にもマドラスパンツは合わせやすいです。思うほど派手にも見えませんし。ブレザーやシアサッカーからバラクータやプルオーバーシャツまで。勿論、相手側は無地柄ですが。もし柄を持ってくるのなら勇気とセンスが大変。

MENS CLUB より引用

まずは、このようにネイビーブレザーで、練習するといいかも。納得しやすいので。

70年代、80年代、マドラスのベルトも流行りました。最盛期には、ミニバック、サイフ、袋物、、いろんな品々が

これは、70年代初めのVANのバケットとレインコートのセット。雨対策には全然なりませんが。

ハリウッドスターでは、トニパキがまず浮かびます。フランス映画の際も、マドラスジャケットで登場してカッコよさを観せてくれました。

“Le scandale” ‘66

マドラスシャツの代表は、アメリカン・グラフティのリチャード・ドレイファス!マドラスチェック使いのモデル例、60’s の匂いがします。

“American Graffiti” ‘73

70年代、日本の学生たちも、こぞってマドラスシャツで決めました。

僕の好きな僕自身のマドラススタイルから〜

グレートロピカルウールのバミューダショーツ、ハイソックス、チャッカーブーツ、ストローハット、ニットタイ
ジャケットとベストを共地で、相性のいい、生成りカラーを合わせる
マドラスのベストは、シアサッカーに合わせやすく重宝、ネイビーブレザーにもグレースーツにも合わせます。

結論としては、マドラスは、柄が派手なのですが相手を無地にすれば、実に色んなスタイルに合わせやすいです。軽くて着心地もいいので、食わず嫌いの方も是非トライしてください。

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “The Hot Rock” レッドフォードと曲者たち

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

“ホットロック” 72年公開のこの映画は、ある意味ロバート・レッドフォードが大スターにブレークするための足掛かりとなる位置かと。勿論、もうすでに “明日に向かって撃て!” “夕陽に向かって走れ” の実話物でスターへの道を歩んではいましたが、マックイーンのレベルまでは遠かったです。それが、”ブリット” の監督ピーター・イェーツと組んだこの映画で娯楽映画でもセンスを感じさせるという事がわかり。この映画の後、スティング、追憶、ギャッビー、コンドル、etc で、本物の大スターへと。

“ホットロック” 作品としては、緻密な犯罪モノではなくコメディタッチな仕上げ。B 級映画の良さが感じられる作品。僕は、このくらいゆったりした内容もすきですね、女性絡みが全然ないのも70’s 特徴かと。

特にここだ!とか、これだ!とかはないんですが、バランスが良く、また共演者たちのチームワークの良さも感じられますね。

右から、ジョージ・シーゲル、ロバート・レッドフォード、ロン・リーブマン、ポール・サンド、

ジョージ・シーゲルは、68年公開の ”殺しの接吻” での刑事役が印象的。いつも70’s Styleが基本で、渋いオシャレさんです。

レッドフォードの70’sらしいビックなラペルのスーツ。ダンガリーウエスタンシャツにネクタイが当時の雰囲気をよく表しています。スーツにダンガリー!

やはりここでも、ダンガリーシャツにタイ、スエードのブルゾンを合わせる。

レザーブルゾンにUネックシャツ、なにか今っぽい雰囲気。

70年代、日本でもアイビーからニュートラに舵をきる。ロングポイントシャツがそんな時代を映す。スーツのラペルもネクタイもビックでなくては!といった70’s

共演の二人は、主にTVドラマで活躍した個性派。この映画でも飄々とした味を出している。二人のスタイルが好きです。ロンはホリゾンタルのTシャツが似合うし、ポールはアイビー派と思える。劇中でも、ホワイトジーズやブルージーンズに白ボタンダウンシャツにレジメンタルタイと決める

ポール・サンドの、何気ない洒落ぶりが好き

ロン・リーブマン、ここでもカッコいい横縞のTシャツスタイル、こんなシャツを僕も70年代に着ていたのを思い出します。

オレンジのドリズラージャケット、先日スティアンコル soutiencolの三浦氏にお会いした時、自社のオレンジのスィングトップを熱く語られました。スィングトップのカラー時代が来ても楽しいかと思います。

ポール・サンド、70年代TVスターなので、僕も詳しくは知らないのですが、なんか雰囲気のある方ですね。この映画でも、毎度オシャレな着こなしを魅せてくれる。

コメディアンというか、飄々とした感じが好き

TVドラマ(Can’t stop Music)でも New Trad な着こなしが憎い!ビックカラーボタンダウンシャツにワイドなレジメンタルタイは、僕らもハマりましたね。

“The Main Event” バーブラ・ストライサンドとの共演、当時トレンドのチェンジポケット付きニュートラスーツ

“黒いジャガー” のモーゼス・ガン、バルカラーコート、スプリットラグランスリーブ、前肩がセットインで後ろ肩がラグラン。70年代にラグランの進化系という感じで、流行りました。

この映画ポスターも楽しい

監督ジョージ・シーガルがロバート・レッドフォードと組んで、好き勝手に楽しんだなあ〜と思える映画、僕も楽しみました。是非!

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