慶伊道彦 IVY STYLE 手引き / 紺ブレザー、今シーズンどうこなす?

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

ブレザーの話、と言ってもブレザー起源説やその後の発展史は、以前のブログで語っていますので、今回は着こなし方や今っぽさなどを中心に語ります。

“2nd” magazine 11月号が、ブレザー見直し特集でしたが、その号に、Soutiencol 三浦代表と対談をさせて頂きました。その際のミユキ通りでの撮影写真です。二人ともブレザースタイルで合わせました。

2nd風、今シーズンのブレザースタイルより、ミリタリーテイスト、オーバーサイズパンツ、スポーツマインド、この三点を加えた今時ブレザースタイルが旬かと思います。

2nd より引用

一方、クラシックなスタイルですが、今日でもクールなスタイルは、やはり正統派な組み立てかと。”MENS CLUB” 60’s 70’s から学べます。

MENS CLUB #34

シングルのオーセンティック・アイビー・モデル、スッキリと削ぎ落とした姿からは若々しさを感じます。

ニューポート・ブレザー・スタイル、同様に余計なディテールを外し、クラシックな装い。この渋さがかえって現代に通じるかと考えます。

ニューポート・ブレザーも70年代に入ると、ややカジュアル感が出てきます。色目が明るくなり、ネクタイだけでなくポロを合わせたりと。

男子専科から発刊された別冊ブレザー特集号、かなりディープな味わいでした。

DANSEN ブレザー読本より引用

オーセンティックなブレザーとなれば、やはりこの二ブランドかと。Brooks Brothers, J.Press

ニュートラディショナルの代表POLO、コンテンポラリーの代表Paul Stuart

80年代を代表するメンズショップとなれば、この二店、テイジンメンズショップ、クルーズ

80年代プレッピー時代は、アクセサリーも充実で人気をはくす。

80年代はプレッピーの時代、ブレザーにそれぞれオリジナルのメタンボタンを付け替える。

そして、胸ポケットには、お好みのエンブレム、しかし今付けると、ちょっと浮くかも。いつか戻って来るのでしょうが。

ブレザーに合わせるネクタイと言えば、レジメンタルタイ。この写真の様なシンプルなストライプは、最近見なくなりましたが、僕は大好きです。

70年代から、ファッションとしてブレザーのカラフル化が始まる。それまでは、ごく一部のエリートたちのスポーツ観戦シーンでみられただけでしたが、ニュートラッド、プレッピー、ファッションが一般大衆にまで降りてくる。

代表的なカラーは、ネイビー以外で、レッド、キャメル、グリーン、グレー、僕はグリーンとキャメルのブレザーが今欲しいです。それと、王道ですが、ブラックウォッチ・タータンチェック。

以上、雑誌 “DANSEN” より引用

映画のシーンから素敵なスタイルを想うに、

一番は、これかな?”華麗なるグレートキャツビー“ パーティシーンでのニックのスタイルには痺れました。広く胸の開いた二つボタン・ネイビーブレザー、ホワイト・ボタンダウンにハッキリとしたレジメンタル・タイ、ホワイト・フランネル・パンツ、当時流行ったニュー・トラディショナル。最近の日本人も胸幅が厚くなっているので、この様な胸の開いたシルエットもこなせそうです。

オーセンティックなブレザー・スタイルでは、”ティファニーで朝食を” 大人なアイビー卒業生スタイル、ブレザーの裏地の赤に痺れ真似ました。

カッコ良すぎて困るのがこの方、ジョージ・ハミルトンの “ボーイハント” Wのニューポート・ブレザーの着こなしがカッコよすぎて、ラストシーンに溜息。

僕らのトニパキも負けていません。フランスに渡って後、フレンチ・アイビー風に決めてます。

日本では、この方かな。田中邦衛!ニューポートにホワイトのタートルネック・セーターを合わせるのは、今シーズンあるんじゃないかな。タートルネック合わせ。

“若大将シリーズ” より引用

次に僕のスタイル写真より

オーセンティック・モデル・ブレザー、グレーフランネンのパンツを合わせるのは、最もオーソドックスな合わせ方。安心感があります。唯一の冒険はイエローのベスト、それを除けばそのままホテルマンにもなれるスタイル。

パンツをハデ目に替えブレザーをオシャレにアップデート、イエローのベストとパンツと上下共地で、シャツのカラーピン、ブレザーの余所行きスタイル。

スエットを上下に持ってくることで、全く違うブレザー・スタイルに。キャンパス・スタイル

この様に、スカーフ一枚加える事で大人なエレガンスをゲットできます。ニューポートスタイルには是非!

意外と気に入ってる組み合わせが、このバンカーストライプ・パンツ。ジャケットとパンツが違う主張をしていますが、僕としては、レジメンタル・タイでバランスをとっています。このパンツ、実はスーツの下、上着が使えなくなったので下だけキープ。たまにこうやって楽しんでいます。一見バラバラの物でも自分で組み合わせて楽しむのは、頭の体操。皆さんも、スーツを処分する際に、パーツで残せないかと一考!

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / Tweed Story

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

引用写真

Tweed 誕生のおさらいから

スコットランド、元々はボーダー地方のツィード川流域で作られていたことから名づけされたという説が有力ですが、もう一つの説も。(映画のシーンで観たような気がしますが) ロンドンの商社で伝票に、”Twill” と書くところを “Tweed” と間違えて記入、その後それが通用するようになったとか。

本来、スコットランド産の羊毛を手紡ぎした太い糸を手織り、地元の地衣類や野草で染めた糸を使う、縮絨起毛させない粗く厚い織物。島の漁師たちの防寒具として使われていた。

引用写真

その後、上流階級のカントリースポーツやゴルフなどの防寒用ウェアとしても広まる。

引用写真

4大ツィード

Harris Tweed , Donegal Tweed , Cheviot Tweed , Shetland Tweed ,

この中で最も有名なハリス・ツィードについて書きます。

引用写真

Harris Tweed / スコットランド、アウター・ヘブンディーズ諸島(ハリス島、ルイス島)発祥のツィード生地、1846年 レディ・ダンモアが自家クランのチェックをオーダーそれが素晴らしかったことから評判を呼び広まる。そして、1911年に商標登録が終了し、世界的ブランドとして愛されるようになる。

引用写真

あまりの生地の重さと硬さに、30年代アメリカでは、柔らかく保温性の良いシェットランド・ツィードの方が広く愛される。そこで、シェットランド産シープとのかけ合わせで新種の羊毛を産み出す事でそれまでより柔らかなハリス・ツィードを産み出す。

それまで右肩上がりのハリス・ツィード生産だったが、1970年代には下降線をたどる。服装の軽量化、化繊の誕生などが苦戦の原因だと思える。1980~90 年は、苦しい時代だった。メンズ・スタイルがエレガントを求める時代背景があったが、それ以外にも、ハリス島産でないハリスツィード類いが氾濫したこともイメージダウンの一つ。そこで、イギリス政府は、1993年、ハリスツィード条例を政令化、ハリス島で製織されたもののみに登録ネームが付けられる事になる。これで、マーケットの混乱が抑えられ好転する。90年代のプレッピー・スタイルでブレーク!洋服だけでなく、ハット、カバン、サイフ小物類、など多岐に使用される。

2000年代に入り、ハリスツィードの良さを失わずに、より軽量化より柔軟性の生地が誕生。また、英国調がクラシコ・スタイルなどの影響で復活することもあり、ツィード生地にも人気が戻ってきた。

ツィード・スタイルのカッコよさは、映画のシーンから学ぶ事が出来る。

遙か群衆を離れて / アラン・ベイツ
“炎のランナー” ツィード・スリーピース
ツィードジャケットの無造作だがクールなスタイル
“007” Qのツィード・スリーピース
“殺意の香り” ヘリンボーン・ツィードジャケット

BEAM F の高橋さんに、今シーズンのツィードの話をお聞きしたところ、やはりヘリンボーン柄が一番人気とか。それもスーツにも使えるソフトで軽い、おそらくシェットランド系ツィード、商品が一番人気とか。訪問した時期が10月初めだったので、今後、木枯らしの時期になると、ガンクラブ・チェック・ハリスツィードが人気になってくるのではと、語られてました。

BEAMS F ツィード生地サンプル帳

ツィードが着られる時期は非常に短くなってますが、それでも男たるもの紳士たるもの、ツィードを避けては通れません。短い間でもしっかりと着込みましょうか。

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慶伊道彦 IVY STYLE 手引き / 今秋、男はどの色を纏うべきか

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

勿論、長らく男の色はグレー、そしてネイビーである事は間違いありません。60年代、スーツスタイルからきたカラーですね。今日では、ジャケットもさまざま、よりリラックスしたスタイルが闊歩するようになりました。当然、色メも大きく変わってきました。

とはいえ、アイビースタイルを自認する方々には、セーブされた好みの色というのがあります。ネイビーを中心として、グリーン、オリーブ、イエロー、ブルー、エクリュなどなど。

この5年、グレー系からブラウン系にシフトしていますが、皆さんこの秋は、どの色をプラスする気分でしょうか。

J.P.ベルモンドの写真のようなバーガンディもそろそろ取り入れてみたくなるカラーです。ここしばらく表に出てなかった色ですからね。ネイビージャケットに合わせても綺麗かと。

ジャン=ポール・ヴェルモンド

80年代風に迫るなら、イエローのタイもありかと。ネイビージャケットに合わせるとカラーの対比が離れすぎるので、この写真のようなモスグリーンジャケットやグレースーツに合わせるといいですね。

MENS CLUB より引用

トレンドのブラウン・ファミリー・カラーのジャケットに合わせるタイは、一本だけならこれに尽きます。黒のウール・ニットタイ!黒が胸元を引き締めてくれます。何より合わせる相手を選ばないので安心感。

“COLUMBO” より引用

アンティークゴールド系の色をグレーに合わせるのも一手!イエローより渋くまた合わせやすいです。

グレースーツにグリーンのタイを合わせるのが昨年から出てきてます。バーガンディと共々大切なカラーです。普段あまり合わせない色なので、新鮮な感覚。

パンツのカラーは、どうなのでしょう。モスグリーンが一押し!昨年からグリーン系が男女共に人気カラー、当然そのファミリーカラーであるモスグリーンはミリタリーにも繋がるので、この秋もナンバーワン!

引用写真

ニュートラルカラーは、何より合わせやすいカラーなので、安心して穿けます。どのような上着にも合いますし。

引用写真

ジェントルマン・カラーとしては、やはりキャメルではないでしょうか。ポロコートしかりブレザーしかり。ブレザーは、80年代プレッピー時には流行りましたが、その後消えていましたので、新鮮さも満点!

MENS CLUB より引用

ウディ・アレンのセータースタイルから、色を学ぼう。ラセット・ブラウンのコーデュロイパンツに合わせるセーターはセージグリーンというかライト・モスグリーン系で。このように色に色を合わせても品良い組み合わせが80年代調アイビー。この上に、ツィードのジャケットを合わせれば完璧なニューヨーカー!

ウディ・アレン

さてさて、あなたはどの色を今シーズン取り込みますか。こんな事を話している僕は相変わらずのカラー、モスグリーン、エクリュ、グレー、ネイビーそんなところでしょうか。ブルーとイエローとレッドをポイントとして活かしたいとはおもってますが。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / アイビー・ディテール再チェック

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

アイビー・ディテールに関しては、一度 Blog. をアップしているので、前回の分と合わせて読んで頂けると、より僕のディテール愛を理解して頂けるかと。

1 : ステッチ

ディテールの中でも特にステッチが重要かと考えます。僕にとってステッチのないジャケットは、〜〜でない。しっかりかかったステッチの凸凹影(陰陽)をみると何故かホッとしますね。ラペルのステッチは勿論ですが、ショルダー(肩ラインと袖付け)、袖、背中、ポケット、ことごとくステッチ三昧!一般的には6mm前後といわれてますが、4~8mm、その方の体型つまりサイズ加減で。ステッチの陰が綺麗に出てるかどうかには、技術は勿論、生地も影響します。ハリスツィードやコーデュロイの凸凹は、実に綺麗ですね。

ドラマ”刑事コロンボ”より引用

2000年代は、日本のジャケット縫製技術が格段に進歩しました。イタリアクラシコの技術を取り入れ。袖付けに関しても<いせ込み>等非常に高度な縫製技術をものにしました。それは素晴らしいことなのですが、アイビー・ナチュラル・ショルダーの側からみると、肩のステッチが無くなり袖ヤマがふんわりした事が残念です。60年代は、袖付けは<片割れ>仕上げで、その欠点をステッチでカバーしていました。でもそれが結果フラットなアイビー肩を生みました。どうも若い頃馴染んだ袖ヤマのないドロップショルダーじゃなければ落ち着かないですね。

50年代、60年代、大量生産時代!マシーンメイドで見栄えするスーツスタイル、それがアメリカが求めるアメリカン・スタイルでした。必然的に生まれたのが、ナチュラル・ショルダー。ノーパット(もしくは薄芯) 片割れミシンステッチ、僕らが愛するアイビー・ディテールの誕生でした。

Brooks Brothers Japan の今秋新作コーデュロイジャケット、それが実によろしいのです、ステッチワークが!そこで、写真でお見せいたします。

ステッチ幅がニクイ!
しっかりとショルダーラインにも袖付けにも
バックシャン!ネェ!いい感じでしょ!

2 : フックベント

もう一つのアイビースタイルの楽しみは、フックベントです。あのカギ型に切り込まれたベント、これが付いてないと間抜けたジャケットの印象は拭えませんね。アイビーディテールは、多くはスポーツから出てきたようですが、ベントは、乗馬服から。ベントの長さは、オーセンティックは23cm、しかし背が高かったり上着の着丈が長い方で、25cm以上のものもあります。写真は、70年代後半のニュートラッドの時代、ウエストが軽く絞られ上着丈が長くなる事で、ベントも必然的に長くなってます。ここまでくると、アイビーではなくブリティッシュでしょうね。

刑事コロンボより

アンソニー・パーキンスのような手足の長い電信柱体型がアイビーにピッタリ!因み僕のようなチビですと、どう頑張ってもベントの長さは20cmにまでもいかないので悔しいですが。生まれ変われたなら、ジャケット前三つボタンの間隔は13cm、ベントの長さも23cm、こんなジャケットを着こなしたい。(チンケな願望です)

ブルックスブラザーズの今秋のコーデュロイ、ベントはおなじみのしっかりと入った”ノの字”センターベント。これはこれで、60年代ブルックスの伝統を感じます。

3 : バック・ストラップ

フックベントと同じくらいアイビーディテールにとって欠かせないのは、バック・ストラップ。パンツ後ろ中央に座るストラップです。サイズ調整に使えるとの事ですが、これはそれほどの効果はないです。それより、お尻の落ちる日本人には、目線が少し上になるので、美尻効果があります。責任は持ちませんが。

MENS CLUB より引用

トニパキのような背丈がなくても、アイビースタイルをそれなりに楽しめます。個人個人の持ち味を活かすが大切です。写真は、ジャケットの上二つ掛け、それとジャケットの一番下ボタンのみ掛け、これだけでも印象が変わります。

江戸前寿司のハウツーじゃないですが、まずは基本基本の学習、そしてそれを知って知らん顔で崩す、しかしまた基本に戻る。アイビースタイルもそんな感じで、オーセンティックを学んだり、ストリートを加味して崩したり、そしてまたまたクラシックに戻したりと、楽しみたいです。

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “泥棒成金” ケーリー・グラント・スタイル

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

バスの乗客として出演

アルフレッド・ヒッチコック監督のラブ・コメディ映画のジャンルに入るかと。ケーリー・グラントは、この映画出演の時は51才、この映画のあと、ラブ・コメディ映画に多く出演、めぐり逢い、よろめき休暇、無分別、芝生は緑、ペティコート作戦、ミンクの手触り、シャレード、いわゆる彼の晩年の映画となりますが、50年代の彼より素敵な映画と素敵なスタイルを堪能できます。そういった意味でもそれを引き出したヒッチコックは名監督と言えますね。

この映画で魅せてくれるスタイルは、3スタイル オープニングは、赤の水玉スカーフをあしらったクルーネックセーター

スカーフ、水玉の大きさと赤のバランスがいいですね。水玉が多くはいると、むしろ派手に見えますから、このくらい間の空いた感じがグッド!僕もスカーフは水玉に限ると感じて、紺ベースと黒ベースの二枚を使い分けています。

クルーネックをシャツ抜きで着ると、カジュアル感が増しますが、そこにスカーフを放り込む事で、逆にエレガントさが増しますね。真似たいスタイルです。この映画では、ケーリーはいつもスカーフを巻いていました。

このセーターのようにスエット風なセーターでも、ケーリーが着こなすとエレガントなスタイルとなります。パンツにドレスパンツを合わせるところがミソ!真似たいですね。

次はブレザースタイル、これが実に面白いんです。理由は、ボタンの留め方。三つボタンなのですが、各シーンで、留め方がバラバラ、意識したのか或いはうっかりしたのかはわかりませんが。

三つボタン全部留める

一つ言えるのは、この映画が公開されたのが1955年、アメリカではアイビーがようやく学生ルックから大人のスタイルに認識された時期に当たります。ですから、流行に早いハリウッドスターのスタイルでさえも、まだまだアイビーのディテールがまちまちで未完成でした。(60年前後のアイビー・スタイルは、凄くクールになってますので、その後一気に広まってきたのでしょう) さすがのスタイリッシュなケーリーも英国風着こなしと違いアイビー・スタイルは苦手のようです。でもトレンドだからちょっ取り入れてみようと考えたのが、この映画のスタイルかなあ〜と。その後の映画では、本来の彼のもつエレガントな英国調スタイルに戻り、磨きがかかってきてますから、やはり本来の自分の得意なスタイルに自信を深めたのでしょう。

三つボタン、下二つ留める
三つボタン、真ん中だけ留める

下記のような同シーンで服装違いということは、意外とよくあるのでは?同じに見えるジャケットを2~3着用意して撮影に臨むので、ハンガーにズラッとかけてあると、つい違うジャケットに手を通してしまうんでしょうね。フランク・シナトラの ”刑事” でもありましたね。袖ボタンが2ツと3ツのジャケットの違いでしたね。やはり同じシーンで着てました。僕らのようなオタクな輩にそこまで服装のチェックをされているとは思わないからのミスでしょう。まあ〜映画の内容には関係ないですが。

同じシーンで、全部留めるのと下二つ留めるのと

ケーリー・グラントも意識してやったのか、あまり考えないでやったのかは分かりませんが、これはボタンの掛け違い。ただ言えることは、ボタン留め方は、それぞれの好き好きでいいという事です。何度も言ってますが、ラルフ・ローレンは一番下のボタンだけ留めるのが好きですし。どのボタンを留めるという規則はありませんから自由気儘で。

次はシャツのエレガントについてです。ただの白いシャツというなかれ。この時代ゆったりとした身頃や腕周りが男のシャツの魅力、また肩の縫い込みにギャザーを入れる高度技!

昨年頃からですかね〜 シャツが少しずつゆったりとしてきたのは。僕のシャツは、以前はオーダーでスリムフィットさせていたので、昨年のスタイルチェンジからは、前のシャツが合わなくなって往生しています。もっとも、市販の少しオーバーサイズ購入で応急処置していますが。

さすがケーリー・グラント、得意のグレースーツ・スタイルは完璧!この後の “北北西に進路を取れ” を彷彿!グレースーツの帝王と言えるでしょう。

限られた決まったスタイルを決まったように着る、これがケーリー美学。僕らも同じようなスーツを着てるんですから、ここは何か考えないと。

舞台装置にビックリ!リヴィエラ、カンヌ、モナコ、この風景シーンを見せられては、さすがのセレブたちも太刀打ちできないかと。二人の持つイメージの相乗効果を合わせてという意味で。素敵な舞台設定でした。

まさに美男美女映画!現実では、どちらかがちょっとダサいとか装飾過剰とかになるですが、こんなのはズルい!いや〜貧乏人のひがみでしょうね。

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “恋 / The Go-Between” にブレザーの歴史を探る

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

邦題は”恋” ‘71 主演のジュリー・クリスティはアラン・ベイツとは ”遥か群衆を離れて” ‘67 でも似たようなシュチュエーションで共演、ただこの映画 “恋” は、監督ジョゼフ・ロージーの見事な手腕で素晴らしい恋愛映画に仕上がっています。

物語は、1900年代初め、上流階級と労働者階級がはっきりと分かれていた時代、ブレイザーを着てクリケットを観戦するシーンがありますが、このあたりの時代からブレイザーを着るようになったのかと。ブレザーの考察をする意味でも、価値ある映画です。(ブレイザーの起源説については、別のブログで語っています)

当時、上流階級の男性はストライプ柄のフラノ・コートを着用してクリケット観戦に臨む。おそらくこれが、ブレイザーの原点かと。

ブレイザーの当初は、一枚布を貼り合わせた後に袖付けをしただけのものでした。そのためポケットもパッチポケット、襟や裾のリボンも、当初は形を整えるためだったのでは?それからトリミング装飾の意味合いを加えて進化。写真からもわかるように、背中の縫目がないのからも、それは分かると思います。

ブレイザーの起源は、黒地にイエローのストライプから始まったようだ。

上流階級チームは、タイをしてプレイ(必ずしもではないですが) 右の方は今で言う審判にあたるんでしょうか?白衣のユニフォームの形が面白いです。

クリケットのユニフォームが白というのがまず素晴らしい!オリンピック競技にならなかったからでしょうか (一度あるらしいが) 日本の柔道もそうだったならユニフォームはまっ白のままであったでしょうね。

町のチームは、腕まくりをしてベストを着たりしてプレーします。上流階級側は、長袖シャツをロールしないできちんと着ますしネクタイ着用もありです。同じ白いユニフォームでも、そこで区別できます。チーム差別のためのカラーを変えたのでは、絵にならないですね。

この通り、レディ達は、優雅な衣装で観戦する。ハットは当時絶対に必要なアクセサリー。

逆に町の人達は、普段着に少しオシャレをしてタイを締めたりして観戦、年に一度の?お祭りみたいなものだから、この時だけは、上下の分けもなく楽しむ。ちょっと上の人は、フェドラハットにネクタイ、一般にはハンチングなどのキャップを被る。

プレー終了後、両チームが一緒になり食事会、上流階級側は、ブレイザーを着用するが、労働者側は、ベストのままで。

ストライプにも日本の家紋のような意味合いがあるのかも。

いわゆる日本で言うところの宴会ですね。夜、村人達と一緒になっての食事会。クリケット大会がお祭りの一環であることがわかる。

リネンのジャケット、ストローハット、当時の上流階級の男たちの装い。襟付き上着つまりスーツをオーダー出来るようになると大人の仲間入り。日本の元服式みたいなもの?

やはり、当時のイングランドの紳士スーツの柄はストライプ、(タータンチェックは、ハイランダー地方の古典柄なので)

農夫の鉄板スタイル、バントカラー・シャツにベスト、コーデュロイが用いられる事が多いが、やはり保温性が高いのと軽いので労働に適しているからでしょうか。貴族階級がコーデュロイを着るシーンは、まず観たことがないで。

僕は、メンズスタイルのみ気になるので紹介も男子のみでしたが、この映画の主演はジュリー・クリスティ、”ドクトル・ジバゴ” でも強くて優しい女性を演じて、大好きな女優です。まだ観てない方は勿論、以前観られた方も是非!

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / NHK BS 世界サブカルチャー史 “欲望の系譜”

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昨年から、珍しく二度観したテレビの特集番組。NHK BS “サブカルチャー史/欲望の系譜” 実に楽しく勉強させてくれる番組、何せ好きな映画とサブカルチャーを組み合わせしているところにハマりました。

番組は、50’s ~ 90’s 年代別に さらに2000~2010 も加えて6回にわたり編集されていました。

そして今回、番組が本になったので、早速買ってみました。本では、70’s ~ 90’s を取り上げています。

そこで僕の今回のテーマは、この番組から触発された60’s の映画をもとにサブカルチャーに迫ってみたいと考えました。60’s 、大まか僕の十代、中学生から大学生時代に当たります。何せ学問の知識がないミーハー男なので、相当に適当な解説になりますが、その青春時代を好きなスタイルの側面から読み解きたいと思います。

まずは、本の解説から取り上げていきます。丸山俊一氏とNHK制作班のまとめた番組です。

“時代のルールは密かに書き換えられていく”

この言葉は、すでに先行している企画[欲望の資本主義] で初回放送時にナレーションした言葉だが、経済現象のみならず、社会、文化、ある時代の人々の心の形は時代によって作られ、またその心の底にある想いが次の時代を創っていく。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜そうした不思議な、ある時代ある社会に形成されるエネルギーをサブカルチャーと、ひとまず呼んでみた。こうした精神から、[世界サブカルチャー史]は立ち上がっている。もちろん、映画、ポップス、流行など様々なポップなアイコンもその中には含まれているが、同時に、メインから零れ落ちる、名づけ難い何ものか、としか言いようのない、時代の潮流の中にある.淀みを掬い取ろうという試みなのだ。〜〜〜〜〜〜〜

以上、[欲望の系譜] より抜粋しました。

学問的な位置付けはこのくらいにして、年代順に映画を中心にして追いかけてみたいと思います。

60年 / ベンハー、アラモ、スパルタカス、など保守派の大作が目白押しの年ですが、”アパートの鍵貸します” この映画で、ジャック・レモンのアイビースタイルとサラリーマンのニューヨーク生活を堪能。また、なんと言っても、ヒッチコックの ”サイコ” アンソニー・パーキンスの勇気ある演技がカッコ良かったです。コットンジャケットの襟を立て、ボタンダウンシャツの袖を少しだけロール。僕にとってのアイビー文化の始まりでした。

‘60 サイコ

ジャネット・リー / 可哀想にシャワーシーンが有名ですが、この本では、カーライフの始まりと捉えています。彼女を取り巻く車との接点とそこからの事件、アメリカでカーライフが大衆的になっていく時代の始まりが、よく表れていると。

ドライブインスルー、ドライブシアター、車社会の到来から出てきた。

‘61 ケネディ大統領

ニクソン対ケネディの大統領選挙で初めてオープンカーによるデモンストレーションが行われました。ニクソンはフォード、ケネディはキャデラック。

60年代初頭は、テレビが大衆化した時代。それにいち早く対応したケネディの戦略は有名な話。

ケネディ人気は大ブレークし、至る所でケネディのバッチや関連グッズが売られる。

ジャッキー人気もすざましく、ヘアースタイルのマネや、何と!胸像まで売られた。

‘63 キング牧師

60年代を代表する二人、一人はキング牧師。もう一人はボブ・デュラン。非暴力抵抗運動を進めたキング牧師、ワシントン大行進のスピーチがあまりにも有名。

” I have a Dream” 大行進には、ボブ・デュランは勿論、他にもジョーン・バエズ、ハリー・ベラフォンテ、マーロン・ブランド、ポール・ニューマンなどが参加、意外だったのはチャールトン・ヘストン、銃規制反対運動のリーダーだったので、右派だとばかり思っていたのだが、長らく公民権運動に力を注いだようだ。

ボブ・デュラン

60年代デヴューからのアルバム写真から〜

‘62 アラバマ物語

60年代は、黒人差別反対運動が活発になります。それを反映した映画、一人で闘う弁護士役、グレゴリー・ペック、暑い南部が舞台なのでコードレーンのサマースーツを見事に着こなす。

‘61 ティファニーで朝食を

物語は、田舎を飛び出しニューヨークで華やかな生活を夢見る女性、しかも彼女は十代の時、強制的に結婚させられたという。カポーティの小説では、田舎と都会の格差、貧乏や悲しさをテーマにしている。60年代、都会へ都会へと人が動く。これは、アメリカに限らず日本でもそうでした。僕も田舎から上野駅に降り立った一人ですから、その心情はよく理解できます。

オードリー・ヘップバーンのジパンシーの衣装が有名ですが、僕らアイビー派は、共演のジョージ・ペパードに注目。彼のアイビースタイルに関しては、僕のBlog. とYouTube で詳しくお話ししていますので、よかったら参照してください。

二人でティファニーに向かい5番街を散歩するシーンが圧巻ですね、ジョージ・ペパードは、ネイビーブレザー、裏が真っ赤、紺赤のレジメンタルタイを合わせ。

ヘリンボーンジャケット、グレーコーディネート、カーディガンをインしている所をまねたい。

‘61 ウエストサイド物語

69年代前半は、大人と若者の確執の始まりと言われてます。戦後のベビーブーマー世代、日本では団塊世代と言われてます、彼らが青年になるに従って、50年代の親子のハピー関係が崩れてくる。

もう一つの問題は、多くの移民が入国する事で人種的な緊張が高まって来たこと。ニューヨーク低所得者エリアにたむろするポーランド系白人対プエルトリコ人の不良たちの闘いの物語。これは50年代には映画にならなかったテーマでした。

ジョージ・チャキリスの華麗なダンスとナタリー・ウッドの可憐な笑顔が印象に残ってます。

‘64 博士の異常な愛情

63年、ケネディ大統領が暗殺、ジョンソンが大統領に就任。泥沼のベトナム戦争に突入します。米ソ冷戦時代にもあたり、人々は核戦争の恐怖を身のあたりにするようになります。映画は、精神に異常をきたした司令官が核のボタンを押してしまい、米ソの最高責任者がバタバタするブラックコメディです。核への警鐘がテーマ!

‘65 サウンドオブミュージック

ナチスの侵略に反対するオーストリアの愛国者が、家族を連れてスイスの山越えをするミュージカル。当時、ベトナム戦争反対の気運が高まっている時なので大ヒットしました。今年、ロシアに追い立てられるウクライナの人々を想います。

‘65 ビートルズ / 初ニューヨーク公演

ジョン・レノンのつくる”HELP”が大ヒット、それを引っ提げての米国上陸。コンサートは、50万人を動員。この二週間後には、カシアス・クレイがヘビー級世界チャンピオンとなる。

‘67 カシアス・クレイ / 兵役拒否

判決は、禁錮5年!資格剥奪!しかしここから彼の反撃が始まる。カウンターカルチャーの英雄となり、ベトナム反戦運動が全米でスタートする。

‘67 俺たちに明日はない

アメリカン・ニューシネマの始まり。この物語は、反戦運動ではなく、富んでいる者を叩くという文化的反撥映画だが、背景にはベトナム戦争反対派の心情もうかがえる。

同年、シドニー・ポアチエ主演の”夜の大捜査線” そして “招かれざる客” 公開。アイビースタイルにキチッと身を包む姿に心をうたれる。

60年代後半は失望の時代、夢がなかなか叶わない若者の失望

‘68 卒業

ジェネレーションギャップという言葉が生まれる。大人の分別、教会の権威、こういったものを冒瀆するのは、アイビー校卒の物欲もある普通の男、それがカウンターへの道を進む。大人に理解できない永遠のテーマ。

アイビー派としては、ダスティ・ホフマンの着る、コードレーン・コットンジャケットやカーキーグリーンのコットンスエードジャケットが嬉しい。

サイモン&ガーファンクル / ミセス・ロビンソン

‘68 猿の惑星

見知らぬ惑星だったが、そこは地球、自由の女神!核戦争の恐ろしさをエンディングが伝える。

‘69 真夜中のカーボーイ

夢を求めて行った大都会、そこに敗れた弱者の二人、薬物、障害、男の売春、ダークサイドにテーマを当てた映画。夢が叶わない時代

‘69 ウッドストック・フェスティバル

三日間で40万人動員、愛と反戦のロックコンサート。

番組では取り上げられてない映画だが、アイビー派にとっては欠かせない60’sスター

スティーブ・マックイーン

大脱走 / カットオフされた半袖スエットシャツ、スリムなチノパン、チペワブーツ、フライトジャケット、

ブリット / ツィードジャケットにタートルネックセーター、ガンホルダー、カーチェイス、

他にも、華麗なる賭け、マンハッタン物語、シンシナティキッド、ネバダスミス、、、

‘69 イージーライダー

アメリカン・ニューシネマの代表作!番組では、この映画の空気感を70年代の始まりのと捉えています。若者の反動と大人のモラルパニック ”アメリカ憂鬱の70年代” の始まりと。

60年代は闘争と失望の時代、メインからこぼれ落ち何かポツンと〜〜サブカルチャーは社会の空気の中、漂う。今日の全てのアメリカの問題発祥の時代、しかし、解放への時代でもある ===“欲望の系譜”より===

皆さん、もう一度これらの映画を観たくなったのでしたら、僕としては嬉しいです。また70年代以後の映画は、この本にたっぷりと紹介されてますので。願わくば、NHK/BS放送再度再再度放映される事を期待しています。よい番組をありがとうございました。

写真は、番組と映画から撮り引用しました。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / マテリアル小話その2

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

⭐︎9 よりの続き話

MENS CLUB より引用

⭐︎10 レジメンタル・ストライプ / 毛並みの良さを象徴する小道具のひとつ

黒い黒紐で吊った縁なしの片眼鏡、ブラシでかきあげた薄くなりかけているくすんた薄茶の髪、手入れのいいダブルの紺のた背広に糊のきいた白いカラー、出身連隊の配色を使ったネクタイ —- すっかり揃っている ————————[黄金の銃をもつ男] イアン・フレミング

⭐︎11 ソックスのマテリアル / シルク、ウール、コットン

白いソックスは、白のフランネル・トラウザーズの時だけに許されるものです。マテリアルはウールかコットン、それ以外はダメです。——-[エティケット] エミリー・ポスト1940年版

靴下はチャコールグレーの絹。靴は磨き立てたマホガニーのような古い型で、真珠の飾りボタンがついていた。—————————————[ゴールド・フィンガー] イアン・フレミング

⭐︎12 ヘリンボーン / 魚の骨、杉綾模様、

淡黄色のウールの靴下、チャコールグレイのズボン、ボタンダウンのカラーシャツ、ノー・ネクタイ、それからイェールかハーヴァードかプリンストンあたりの人気のある大学院の研究科で、適当に時代がついたかに見える、矢はず模様(ヘリンボーン)の上着を着ていた—————-[テディ] J.D.サリンジャー

⭐︎13 ハウンド・ツース / ドック・ツース同じ柄をいう

ボンドは靴下をかえると、傷だらけの古い鋲打ちサクソン靴をはいた。黄ばみかけた黒白ハウンド・トゥース・チェックの上衣を脱ぐと、色あせた黒ジャンパーを着る。————————[ゴールド・フィンガー] イアン・フレミング

⭐︎14 グレン・チェック / タータン・プレイドの一種

ウィンザー公格子、プリンス・オブ・ウェールス格子、グレン・プレイド、この柄を好んだウィンザー公に因んだ呼び方である。

正しくは、<グレン・アークハート・プレイド>で、キャロライン伯爵夫人がスコットランド、アークハート谷で織らせたものだという。

⭐︎15 ガンクラブ / これもまたタータンから出た伝統柄

1874年にアメリカン・ガン・クラブが、そのユニフォームの柄として採用したところからこの名前がある。オリジナルそのものは、タータン・プレイドから出ている。

⭐︎16 タッタソール / 馬から産まれた柄

ロンドンのナイトブリッジ・グリーンにタッタソールという地名があって、ここは有名な馬市場があることで知られている。ここに集まる連中がとういうわけか乗馬服の下に着るベストの柄に、タッタソールを好んだのだ —————-というエピソードがある。

MENS CLUB 写真

出石尚三氏のMENS CLUBレポートより、抜き出しした文です。氏曰く、全ての服装がスタイルとマテリアルのふたつの大きな要素から成り立っているように、トラディショナル・モデルもまたスタイルという名の美術館と、マテリアルという名の博物館から構成されているように思われる。

60年代、これだけの博識を持ってモード・スタイルに対峙していたと言うことは実に恐ろしくもあり驚きもあり。氏のスタイル評論に対して敬意をはらいます。————————————記述はMENS CLUB / 出石尚三 “マテリアル” より引用しました。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / 面白いトラッド・マテリアルの話

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

出石尚三氏がMENS CLUBで語る中で、マテリアルについてこんな記述があります。有名な小説から引き出された名文の数々。

* トラディショナル・モデルをズバリひと言で表現するにはなんと言うのか思いつかないが、少なくともマテリアルについてなら、[物語りを秘めた古典素材] と決めつけて、ほぼ間違ってはいないだろう *

⭐︎ ウーステッド / アメリカ人の代名詞

古びたグレーのウーステッドの服を着るのが好きで、おまけに上着のポケットに拳を突っ込むくせがあるので、いつも上着がふくらんでいて、長そうに見えた ———- [死者はよみがえる] ディクスン・カー

前日の午後、連邦捜査局の連中の手で、彼はかなりアメリカ風にされてしまった。洋服屋が来て寸法をとり、濃紺の軽いウーステッドでシングルの背広を二着作ることにした。それよりも派手なのは、ボンドも頑固に断ったのである。—————————————[死ぬのは奴らだ] イアン・フレミング

⭐︎⭐︎ フランネル / グレーフランネルといえば、典型的なビジネスマンを指すまでに一般化したマテリアル

<まるで日曜日みたいにオシャレしてんのね> 事実、彼はダンスのクラスのために買ってもらった、白いフランネルの一張羅を着ていた ————————————[遠い声、遠い部屋] トルーマン・カポーティ

⭐︎⭐︎⭐︎ ギャバジンとサージ / ウール・ギャバジンの綾目が65度ほどの急角度で走っているに対して、サージのそれはほぼ45度という違いであり

モントリオールはウィンザー駅のプラットフォームに降り立った日曜日、わたしはひどく誇りにしているベージュ色ギャバジンのダブルの上下、濃紺のフランネルシャツ、綿織りの濃い黄のネクタイ、わたしには小さめのボビーのパナマ帽を身につけ、三週間ほどの赤茶けた口ヒゲをはやしていた ————————————[ド・ドミエ・スミスの青の時代] J.D.サリンジャー

10分後、厚手の白い絹シャツに海軍サージの濃紺ズボン、濃紺の靴下をよく磨いてある黒のモカシン靴といういでたちで、ボンドは片手にカード、目の前にスカルメのすばらしいいかさま指南書をひらいて ————— [ムーンレイカー] イアン・フレミング

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ ツィード / カントリースーツなどにはなにをおいても欠くことができない

ボンドの古い黒白チェックのツィードの背広と、白いシャツ、黒いネクタイを見まわして <衣類ですな> と——————— [007号の冒険] イアン・フレミング

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ シェットランド・ツィード / スコットランドの北にあるシェットランド諸島に住むシェットランド種羊から織られる

茶色のシェットランドの半ズボンに、白いワイシャツに縞のネクタイ、そのうえに濃紺のジャージを身につけていた ————————————————————- [エズメのために—愛と汚れ] J.D.サリンジャー

⭐︎6 キャメル・ヘアー / キャメルのポロコート、これほどトラッドなコートはちょっと他には見当たらない

<いいコートですね> 椅子から既に立ち上がって彼はいった。彼は部屋を横切ってジニーのポロ・コートの折り返しを指でつまんだ。<きれいですね。戦後はじめてお目にかかった本当に上物のラクダですよ。どこで手に入れたんですか?> <母がナッソーから買ってきたんです> <あそこは、まったく上物のラクダが手に入る数少ない場所のひとつですよ> —————————— [エスキモーと戦う前に] J.D. サリンジャー

⭐︎7 コーデュロイとダンガリー / コーデュロイ、実はフランス生まれ

彼はコーデュロイのズボンをはいて、安煙草をふかしていた。そして彼よりずっと背丈が高くて感じのいい若い女が一人、一緒にいて、これも同じ布地のズボンをはき、同じ煙草をふかしていた——————————— [情事の終わり] グレアム・グリーン

着ていたダンガリーのバント通しに両手の親指を突き立てた。靴も農夫のはく長靴で、厚地のセーターの胸には<コカコーラを飲もう>の広告文句が薄く消えかかっている———————————————————-—[遠い声 遠い部屋] トルーマン・カポーティ

⭐︎8 オックスフォード・シャーティング

ケネディ時代、ボビーだけはアイビースタイルを固執して、兄から皮肉たっぷりに軽蔑されたものだ。<ボビーは少しも分かっちゃいない人だ>

大統領は自分のシャツの襟をさすってから、こうつけ加えた。<ボタンダウンの襟はあまりにアイビー・リーグ的で学生くさい。きみが着ている他のシャツは、襟が長すぎる。こいつを見たまえ。なんなら、ニューヨークのシャツの仕立屋に私から君のやつを注文しておこうか?> ——————————————————-——[ケネディ] ポール・B・フェイ

⭐︎9 インディア・マドラス/ 最初は水兵の頭に巻く生地

優雅な、女性のように白い顎は、シャツの低い襟と、印度マドラス織りで作られた碁盤縞の細い襟飾(ネクタイ)から、解き放たれたようにくっきりと現れていた。———— [悪の華 序文] ティオフィル・ゴオティエ

⭐︎10 以後の続きは次回に掲載します

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “ブリット” McQueen

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

マックィーンStyleのいわば代表作 “BULLITT” 車ファン、ガンマニア、世界の多くのマックィーンファンが何度も観る映画。マニアほどではない僕ですら数回観ているくらいですから。

DVD を借りたのですが、ラッキーな事に、付録でピーターイェーツ監督が監修したロケフィルムが付いていました。

撮影現場でのマックィーンのスタイルが観れてよかったです。いつでもカッコいいという事がよく分かります。

映画で着ていた、ショールカラーカーディガン。これを真似てショールカラーにはまる輩も続出。

パーソル0714サングラス、これもマネ続出!

この撮影準備中のキルティングダウンジャケットがすてきですね。60年代当時は、まだ着る人は少なかったのでは。バイク好きなマックィーンっぽいジャケットです。

首周りのリブ、アップに耐える男!

打ち合わせ中のマックィーン、ベージュのタートルネックセーター。何を着ていても、欲しくなる。

フォードマスタングGT390ブリット

ダッチ・チャージャーとの、サンフランシスコ坂道でのカーアクション!ここから、このスタイルを取り入れたカーアクションが流行り出す。マックィーンは、このカーチェイスのために、スタントマンとの特訓を。

空港シーン、離陸態勢の飛行機の下に。轟音だし本人も怖かったと言っていた。この表情も当然と言えば当然。スタントマンを滅多に使わない俳優。

さて映画からもチェック。撮影監督は、ウィリアム・A・フレーカー。”1941” や “ミスターグッドバーを探して” などでアカデミー賞候補。この映画では、カメラアングルがいいですねえ〜 下から撮ったりガラス窓の反射を上手く使ったり。映像粒子の粗さを利用したり。

ステンカラーコート(バルカラーコート) で、登場!

“ナポレオンソロ” のロバート・ヴォーン、彼らしいコンポラスーツスタイルで。当時の若者は、アイビー卒業の後、コンポラを着る。特徴は、ナローラペル、ローボタン、浅いサイドベント、など。ウエストの絞りをほとんど入れないところが、欧州コンチとの違い。

普通のサラリーマンコートも、彼にかかるとスタイリッシュに。襟の立て方がまた優れもの。

“マンハッタン物語” でも観ましたが、マックィーンは、右手にウォッチをする。

相手役、ジャックリーン・ヴィセット、マックィーンは彼女の様な端正な女優が好き。大事な役どころではないですが、彼のこだわる好みとか趣味とかわかりやすい。また、このコートの肩掛け!キチンと折りたたんでかけてますが、これもスタイルに対するこだわりか。

はっきりとは映らないですが、履いてる靴、マッドガードタイプのデザートブーツ。立ってる姿勢も素敵!

映画の有名アイコン写真、Talor St.とClay St.の交差点。タートル、ツィードジャケット、バルカラーコート、こんなに平凡な品々からも彼のスタイルを作り出す。姿勢とか歩き方、表情など全てがそのために。

ヘリンボーンツィードジャケット、このジャケット、サイドベントだという事が分かるシーン。

フォード・マスタング、その昔、日本では “ムスタング” と呼ばれてました。僕ら戦後まもない世代は、ムスタングからイメージしてしまいます。

このヒットマンがいいんですねえ〜 えてして殺し屋は、このように普通な渋いスタイルをすると、むしろ不気味さが増すから、不思議。

隣のドライバー役のクール過ぎるセルロイド顔も相まって、マックィーンとの見事なカーチェイスシーン。延々8分間も続く。大変な撮影だったのではないかと考える。今の様なCGなどの細工もないので。

タクシードライバー役で、”ゴッドファーザー” 顧問役でブレークしたロバート・デュヴァルが登場。

ショルダーホルスターは、サファリランド革会社(Safariland leather company)から販売された、クリップスプリンガーショルダーホルスターささ(Klipspringer Shoulder holster)として知られている。*引用文章*

カッコよさは、何もトレンドとかリッチブランドとかで身を包むんではなく、表情、仕草なり身体で表すものだと言うことを、この映画は教えてくれる。だから、何度観ても飽きないのです。是非!

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