慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / アイビー誕生から60’sまで

Kayこと慶伊道彦のCoffee Break

スタイルの一つとして認知されたアイビースタイル、今回は基礎編という事で、アイビーリーグスタイルと日本のアイビールックの成立ちや本場との違いなど、語りたいと思います。

なんと!1920年には、もう IVY STYLE は、語られていました。プリンストン大学在学時執筆されたスコット・F・ジェラルドの ”楽園のこちら側” には、寄宿学校での生活スタイルを描く中でアイビーと書かれています。

“ 皆が彼のようなスタイルをして、彼と同じ話ぶりをしようと努め、、、”

上流階級は勿論ですが、そこに入り込もうとする人や憧れる人にとっても、IVYスタイルを一ヶ所のミスもなく完璧に身につけることで、(ディテールをなぞることで ) 実に上流らしく振る舞うことが出来たのです。

選ばれたエリート青年たちのサークル入部をチェックする際、グループの ”べからず帳” みたいな暗黙のルールがあり、そこからディテールを決め出したようです。まさに、WASP STYLE がルーツで、当初は、やはり英国オックスフォード校のコピーから始まりました。

アイビー・リーグ・スタイルという名称で表に出て来るのは、1933年、NY.ヘラルドトリビューン紙スタンリー・ウッドワード編集者の記事からとか。

名門校ゆえか超弱い8校によるアイビーリーグ。アメフト観戦の学生達は、応援の際、服装の艶やかな事が注目される!記者は、ヘタなプレーヤーを見るよりオシャレな応援団の服装の方が記事になると考えたようです。その際に、”アイビー・リーグ・スタイル”と名づけました。

ファッションとして世にでるようになるのは、1955年 、IACD 公認スタイルとして認知されて、一般人もIVYを真似るようになりました。こうしてアイビー・リーグ・スタイルの誕生となったわけです。

IVYと言う言葉には、エスタブリッシュメント、保守性、普遍性、などの意味合いが隠されていて、アメリカのアッパークラスを指すのに最適な表現と言えます。そのスタイルのアイコン的な店が、NYマジソンAV. 44th ストリートにある Brooks Brothers でした。また、その隣にあった J.Press のスタートは、エール大学に隣接するショップでした。

アイビー・リーグ校 / 8大学
*上記は引用写真です*

日本で、アイビーが始まったのは、意外にも早く1954年、MENS CLUB の前身 “男の服飾読本” が創刊されましたが、1956年には、もうすでにアイビー特集をやっています。僕もこの雑誌を読みましたが、本当にこの雑誌は56年発行なの?と疑う位良くできた雑誌です。

*貴重な特集雑誌*

MENS CLUB は、1963年/12月号に創刊されました。”男の服飾読本” が名前を変えての発行。54年創刊からの経過とVAN JACKET の発展は同時に進みます。編集の多くに、VAN 石津祥介氏とくろすとしゆき氏が関与されていましたから当然といえば当然といえますね。

幻のアイビー特集号、入手困難

1964年/夏 東京オリンピックの年、かの有名な ”みゆき族” が、銀座みゆき通りを闊歩するわけですから、54年に紹介されてわずか10年で、日本独自のアイビールックが確立された訳です。一般人に広まったという点ではアメリカとほぼ同時代のスタートと言うから驚き!最も、日本にはWASPという階級は存在していなく、街の若者からの流行ということですが。

60年代半ば、本国アメリカでは反戦運動が活発になり、すでにアイビーがすたれてしまっていたにも関わらず、日本では、その後10年間!さらに人気が高まっていきます。これは、VAN と MENS CLUB の功績といえるでしょう。

*街のアイビーリーガーズ* につながる第一回
アイビー先導者たち
VAN イメージイラスト / 上記はMENS CLUBより引用

63年頃から70年頃まで、アイビー全盛期を迎えるのですが、日本では当時アイビースタイルとは言わず、”アイビールック”として広まりました。結果として、日本独自のアイビー感がこの時に培われたのです。また1965年に発行された “TAKE IVY” この本が、僕たちのバイブル、そしてスタイルの原点となりました。

2010年、発行元がアメリカ出版社と言うことで洋書!本家の日本が逆輸入!

みゆき族、その後アイビー族、彼らを兎角世間を煩わせる若者の風俗として世間は捉えていましたが、石津謙介先生はコレに反論されていらっしゃいました。いつの時代も既成の打破には大変なエネルギーを必要とされます。

アメリカのWASP的な IVY STYLE と違い、日本のアイビー・ルックは、若者による独特な味付けがありました。例を挙げれば、<ダークカラーを愛でる> チャコールグレー、チャコールブラウン、オリーブグリーン、オックスフォードグレー、ネイビーブルー、ワインレッド、<バンカラを気取る> 洗いざらし、ほつれや生地痛みを気にしない、<黒ニットタイ> <ミスマッチな組み合わせ> <靴だけはピッカピカ> <猫背歩き> <エクストリームIVY> (勿論アメリカでもよく見られるスタイルもありますが) やはり、支持者が圧倒的に若いと言うことが、ストリート感な方向に向かったのかと。

アメリカでは、大学卒業と同時にブルックスブラザーズで購入する社会人トラディショナル・スタイルとなるのが通例てした。

*MENS CLUB 絵/穂積和夫*
MENS CLUB 絵/穂積和夫

60年代アイビーは、オーセンティックなネオアイビーと言えます。ディテールを厳格に守るスタイルです。簡単に特徴を述べると、

ジャケット 3ボタン 上二つ掛け/ 袖2ボタン      ラベル幅ー3inc, マシーンステッチー1/4inc. ボタンスタンスー13cm , 袖ボタン幅ー2.5cm , フロントカット/ラウンドアウェイ, フックベント,

パンツ パイプステム, プレーンフロント, バックストラップ, ベルトループ 1inc.

他 ナチュラルショルダー, ボックスシルエットシャツ/ボックスプリーツ, ループ, フロントパネル, ボタンダウン, バレルカフシングル、、、

MENS CLUB より引用 / アイビー・ディテール
“男の服飾読本” より

いや〜〜こりゃ〜大変だあ〜しかしまだまだこんなものではなくもっともっとあると言っておきましょう。

IVY STYLE 集合 / MENS CLUB 50号記念より

“上記写真は全て、自分の雑誌より自分で撮影して引用したものです”

また、映画からの影響も非常に大きいです。60年代ハリウッドスターのスタイルは、基本アイビーだと言えますから。特に、僕にとっては、アンソニー・パーキンスとジョージ・ハミルトンの映画を観て、衝撃を受けた思い出が強いです。何度も観に行って猛勉強しましたから。当時、田舎から出てきたばかりでアイビーの事は何も知らなかったですし、その意味でも、ハリウッド映画が学習の基でした。

アンソニーパーキンス ”のっぽ物語”
ジョージハミルトン “ボーイハント”

雑誌メンズクラブを主に参考にして、オールドアイビーについて語りました。60’s アイビーの基本知識

(この投稿は、一昨年のブログの改訂版です)

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慶伊道彦 IVY SYLE 講座 / ニートネス・プレッピー 24S/S

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

ここしばらくパンツのカラーはカーキーやアーミーグリーンなどアース系でしたが、どうやらクリーンなカラーが勢いを増してきたようです。ちょっと綺麗めのクリームやミント、そして本命のエクリュやホワイト!こんな色のパンツに綺麗めラインをしっかりと入れてプレッピーな気分を味わう。そこで基となる80年トレンドのプレッピーについて MENS CLUB の写真を取り入れながら解説いたします。

80年、ニュートラディショナルを代表する ”ジェフリー・バンクス” お得意である絹綿麻ミックス素材のサマーツィード・ジャケット・スタイル、ジャケットとパンツのカラー合わせが80年代ぽい綺麗め
もう一人当時の人気TRADデザイナー ”サル・セザラーニ” 色の組み立てにひねりが得意技!クレリックシャツのクリームにネクタイのピンクを合わせ、ミックスカラーのジャケットを持ってくるという当時は斬新な色合わせ
サル・セザラニのパステルカラースタイル、ニュートラルな合わせは、今日でもモダンを感じさせます
自前ですが、似たような色合わせなので紹介します、エクリュを柱にして淡いクリームとベージュを持ってきました。
大御所ラルフ・ローレンのパステルカラーは、上記の二人と違い、ややストロングなパステル。ピンクやイエローの重ね合わせ。”華麗なるギャッビー”   
ニートネス!ラインのしっかりと入ったコットンパンツ、ウォッチポケットとインタック付き。ホワイト・パンツが魅せる、綺麗めポロシャツや肩に掛けたセーターがプレッピー仕様。
アース系のジャケットを持ってきても、パンツとシューズにホワイトを持ってくる事で綺麗めに。ブルックスブラザーズやケーブルカークロージングなどのカタログスタイルに注目!
ベージュジャケット、綺麗めパンツとリボンベルト、生成りのコットンベストを合わせる、80’s プレッピー MENS CLUBより引用
上記写真の気分で僕のスタイル、シャツとソックスにイエローを、そして生成りのサマーコーデュロイ・ベストを取り込み、ニートネスに纏める
バラクータ・スタイルでも、ニートネス!パンツに淡いグリーンを合わせる事で。今シーズンは、この様な綺麗めジャケット・スタイルをプレッピーに組み合わせるのがクール
チノパンには、このようにラインをしっかり入れます
ホリゾンタルストライプのポロがニートネス
ヘンリーネックTやボーダーTも綺麗めパンツで決める MENS CLUBより引用
今シーズンは、この様にグレーウール・ドレスパンツが逆に面白い。シアサッカージャケットスタイルでもドレスに決めるのが、今年流!
ニュートラルカラーでまとめ、ダークなニットタイで締める。ホワイトを中心にして今シーズンは纏める
サマー・ジャケットには綺麗めイエロー・ポロシャツが、プレッピー気分
マドラスショーツがプレッピー、合わせる白シャツにインするのは、カラーTシャツが新鮮
カットしたホワイト・ジーンズのショーツ、ラガーシャツとシアサッカー・ジャケットの組み合わせも新鮮

以上、MENS CLUBからの写真を基に自撮りコーディネートしました。結論としては、今シーズン、色にこだわる綺麗めニートネスで (特にホワイト) 、パンツにはラインを忘れるな、ニートネス気分!

(この記事は一昨年夏の投稿の改訂版です)

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慶伊道彦 IVY STYLE 手引き/ 思い出のホテル NY編

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

ニューヨーク出張は、僕が25才の時!本部長の鞄持ちとしてが最初だったのですが、当時で海外出張とは恵まれた方でしょうね。ただ、ロンドン編でも書きましたが、やはりサラリーマン時代はホテルの選択が一般的なレベルだったので、センス良いホテルとは言えなかったです。(1970年代初期ではそんなモノでしょうか) その後、30才で再び訪れるようになった際は、その時の反動もありそれなりに自分好みのホテルを選択するようになりました。

Roosevelt Hotel

1972年〜75年頃のサラリーマン時代によく宿泊しました。

50年以上前に、何度も泊まったホテル “ルーズベルトホテル” 45st x Mad.avの角にありました。一番の良かった点は、ブルックスブラザーズとポールスチュアートがすぐ目の前にあったこと、その為何度も何度も往復できました。この辺りは、60年代まではニューヨークの中心地、ドラマ ”マッドメン” の世界!その点では、ロケーションの良いホテルでした。最近では、ツーリスト対応のエコノミーなホテルの印象となり下がりましたが、当時は名前負けしないクラシックタイプな三ツ星ホテルでした。

Omni Berkshire Place Hotel

79年、起業して最初のニューヨーク出張!その際は、やはり目的がクラシック・メンズショップ周りだったので、ポールスチュアートに近いマディソンST.にあるバークシャー・ホテル、やはりNYに慣れない間は目的地そばのホテルが使い良いです、50丁目マディソン角ですから、ほぼ全てのクラシックタイプのメンズショップは30分以内で行けました。ブルックス、ポール、J.プレス、Chaps、、、

ホテル格としてはミドル・クラスですが、その時代としては割とモダンなインテリアでした、またBARがお気に入りでした。立地がミッドタウンでしたから、会社帰りのビジネスマンで賑わっていました。曰くヤッピーと言われる当時のニューヨーカーは、次から次へと目新しいバーを求めて移動しました。そう言う意味では、80年前後は、ここのバーもまだまだ目新しかったのでしょう。僕は、夕食前と後と毎日二度行ってましたので、バーテンダーとも顔馴染みとなりました。ニューヨークのヤッピー風ビジネスマンの生態をちょっとだけ観させていただきました。その後、彼らは、57丁目に新しくオープンしたフォーシーズン・ホテルのニューなBARへと移っていきます。

Mad. Av X 50St. の角なので足の便がよい
80年代に賑わったホテル・バー/ 3-4人のグループで来て、スペースがあれば遠慮なく入り込んてきて、立ち飲みでガヤガヤ楽しんでいる。ナッツのツマミも誰のものだかわからなくなり、勝手に食べていた。

The Mark Hotel

1986年、ラルフ・ローレンのマディソン通りの旗艦店がオープン、歴史的建築物のマンションを活かしてリノベーション、大いに話題となる。そこで、僕もアッパーイースト・エリアに疎かったので、この機会にと77丁目の新しいホテル、マークホテルに宿泊、いわゆるホテル周りの近所ブラを開始、セントラル・パークもこんなに上まではそれまできていなかったので。乗馬スタイルで馬を引いていた美女を見た時はさすがに口アングリ!アッパー・イースト地区のリッチ・スタイルに唸るしかなかったです。

セントラルパークがすぐそこで、池をぐるりとジョギングして、映画 ”マラソンマン” 気分も味わえました。

HOTEL 写真から引用

SHOREHAM HOTEL

マークホテルは、メインタウンからあまりにも離れているので、市場調査には不便でした。そこで前回リサーチの途中で立ち寄ったカフェのホテルに次回より宿泊。特に目立つ取り柄はないのですが、何せ場所が最高!5&6av. x 56St.という抜群の立地、バーニーズ、バーグドルフ・グットマンをはじめ名だたるブティックが10分圏内、忘れ物しても即戻れる近さ。あと、これといった特徴もないシンプルなホテルですが、無駄がなく価格的にもバランスの良く広い部屋、一応、オープン仕様の二部屋設計なので、友人も招けました。随分長いこと、このホテルからのマーケット・リサーチをやりました。

ホテルの引用写真
オープン仕様の二部屋設計が便利

ALGONQUIN HOTEL

ニューヨーク出張に慣れてくると、やはりホテルにさらにこだわりが出てきました。かの昔いわゆる文筆家がよく宿泊したというホテル、(東京で言えば、山の上ホテル) ザ・アルゴンキンホテル、ここに泊まりました。44ストリート 5&6av. ミッドタウンの中心地でブルックス・ブラザーズやJ.Press(80年代当時)にも近かったです。ホテルは、少しずつ昔の威光も薄れて来ている感じでしたが、まだ佇まいも感じられる時代。(その後、クローズとリオープンを経るがもうその時の面影はなくなった) 当時、ロビー入り口に、本体のブルーバーとは違う小さなBARがあり(6畳間くらい?) そこで実に楽しい時間を過ごせました。近くにニューヨーク・タイムスがあり、そこの記者たちがよく来ていました。何故か僕たちは和気あいあい、ジャンケン・ゲーム?などをしたことをうすらうすらと記憶 (酔っ払いながらの)

BLUE BAR ここのマティニが、いわゆるニューヨーク・マティニそのもの、大ぶりのグラスにたっぷりと注がれていて、飲み干すと確実に酔っていました。 写真は、現在のブルー・バーです。

ROYALTON NEW YORK

5av. x 44st. にあるロイヤルトン・ホテルは、80年代カルチャーから生まれた新しいムーブメントなブティック・ホテルです。イーストヴィレッジから始まったニューカルチャーは、ヤッピー文化を払拭、クラブだけでなくホテルやレストランにも影響を与え、その走りがこのロイヤルトンホテルです。その後、近くにパラマウントホテルなどもできて来ましたが、このホテルがやはりナンバーワンです。80’sなカルチャーを感じることができます。このホテルに泊まって、ダウンタウンのナイトクラブまわりをするのが刺激的で、ファッション・ピープルたちの溜まり場でした。まさに、クレージーな80’s気分を満喫するために、このホテルを選びました。しかし、ブティック・ホテルは使い勝手が悪いので、一度きりでしたが、いろんなファッショナブルなゲストと出会い想い出は多いです。

クラシックホテルにはなかったロビー&ラウンジ、現在ではよくありますが、当時は斬新なデザインでした
写真は全てホテルの引用写真

IROQUOIS HOTEL

アルゴンキンホテルのほぼ隣にあるホテル、44STはたくさんのホテルがあります。アルゴンキン、ロイヤルトン、ソフィテル、パラマウント、そしてイロコイズ、、、ここのポイントはタクシーがもっともゲットできる場所、ニューヨークの夕方のタクシーの捕まらなさはクレイジー!30分や一時間は無駄になります。それがこのホテルに宿泊してからは、なくなりました。恐らくこのストリート!これだけ多くのホテルが密集しているので、ドライバーにしても客をキャッチする時間の無駄が省けるからかと。それと、ホテル・チェックインのためのタクシー降車も多いので。他のホテル玄関に停まっても視界に入るので、ちゃっかりその前までいって拾うことも度々。最悪待っているリムジンも20ドルくらいでダウンタウンまで行ってくれましたし。(彼らは、メインのゲストを降ろして再度乗るまでは、フリーでアルバイトを認められているのかと、マイケル・ジャクソンが乗ってるような超ビックなリムジンカーにも乗った事がありましたが、さすがに映画スターの気分になりましたね。

そういう訳もあり、2000年代は定宿にしました。80年代バブルも終わり高級ホテル利用は無理となった事情もありますが。スタンダードなクラシックホテルなので、BARやラウンジのセンスの相性はいいのですが、ただ一つベット仕様が古いのでコンディションはわるかったですね。

44丁目は、非常に便利。イーストに行けば、すぐにブルックスブラザーズやポールスチュアート。ウエストに行けば、ブロードウェイも近く簡単な食事するには困りません。20分くらいでアッパーのショップはホボ行くことができますし。(72 POLO だけは、タクシー) ダウンタウンだけは、タクシーか地下鉄を使うしかないです。

ホテルの写真引用
ここのBARが意外と捨てたものではない、ファッション系ホテルではないのだが、古いヨーロッパ調の感じで雰囲気が良いので、毎晩のように使いました

THE MERCER HOTEL

90年代終わりにオープンしたこのホテルは、あらゆる意味でクールなホテル、フロント、ラウンジ、室内、そして最たるはBAR! Mercer Kitchen 当時のモダン・ニューヨークなインテリアもだが、カクテルのレベルも高い。(その頃のニューヨークのバー・カクテルのレベルは非常に低くエンターテイメントな要素が強かった) 銀座バー・テンダーの上田氏がここで一週間、氏のオリジナルであるハードシェイク・マティニを振る舞ったのは有名な話です。

ちょうどソーホー地区の人気が出てポピュラーになって来た時代で、大型のファッション・ブティックが続々と出来トレンド化、当然80年代ソーホーのイメージはなくなってきました。ここを拠点にダウンタウンのブラブラを開始、また大好きなラルフ・ローレンの店、RRLやBleeker StreetのRalph Lauren Storeも近かったので、度々訪問。

ホテルの写真引用
Mercer Kitchen Bar 90年代後半は人気No.1

SOHO GRAND HOTEL

バブル崩壊が始まった頃、ロウア・ウエスト・サイドにあるトライベッカ地区が注目されるようになる。街並みは、その昔は栄えていたので古い面影を遺しています。70年代以降、ソーホーを追われたアーティストたちが集まりだして街のイメージを作り出し、また90年代に入りロバート・デニーロが映画祭やレストランオープンに参加した事も再開発には大きな影響があったようです。

ソーホーグランドホテルは、そんなトライベッカを散策するのにちょうど良いロケーション、ウエスト・エリアに疎かったので、ホテルを起点にして探検を開始。ホテルはトライベッカらしく古いアメリカをモダンナイズした知的でアートな雰囲気です。

トライベッカにある古着屋さんとか、J.CrewのLiquors Shop 、大型雑貨店、、、

また、ハドソンリバーも近く、川沿いに歩道が走り映画のシーンを満喫出来ました。

写真はホテルから引用

Bowery Hotel

ダウンタウンをブロードウェイに並行して南北に走るバワリー・ストリート、ちょっと前までは、ジャンキーで危険な大通りでした。70年代後半に訪れた時は、怖くて小走りで通った思い出が。なぜ訪れたかというと、その当時大好きになったロックグループ、トーキングヘッズがデヴューしたCBGBというクラブがあったからです。ビビってトイレにいった記憶があります。

そんな通りも、段々と穏やかな街となり、2000年代にはアート感覚溢れるホテルが出来だしました。その一番がバワリーホテルです。ロビーとラウンジは、その当時トレンドのナイトクラブ感覚を取り入れ、惜しげもなく置かれているヴィンテージなファニチャーがクールでした。スタッフもダウンタウン仕様でヒップなカジュアル・スタイル。

部屋はヴィンテージ風ウッドを使って落ち着いた感じでした。ただ一つ、どうやらペットを持ち込むことができるらしく、ベットカバーが毛だらけで、困りました。運良くフロントにお願いしてチェンジしてもらう事ができましたが。どうもセレブ感は苦手かな。

ヴィンテージ感をうまくセンスアップしたインテリア
ホテルの写真を引用

The Nolitan Hotel

ノリータ地区にあるこのホテル”ノリータン” リトルイタリーや中華街、またトレンドとなったElizabeth St. にも隣接、イースト・ヴィレッジに近く、この界隈を探検するにはピッタリなロケーションです。たくさんのニューウェーブなお店をチェックするのにも便利です。新しいニューヨーク・カルチャーを身近に感じられますし。僕のNY出張の歴史、終わりの頃は、このホテルばかり使っていました。価格もリーズナブルで心強かったですし、このエリアも気に入りましたので。

ブティック・ホテルのスタイルなので、スタッフもフレンドリー、クラシック・ホテルのような痒いところに手が届くような便利さはないですが、慣れれば気にもならないです。ウォーターやニュースペーパーもありますし。

Kenmare St. ヒップなエリアとなりました、その走りがこのホテルです。
コーナー・ルーム 少し広い部屋で猫足バス付き

The Carlyle

やはり、ニューヨークのお気に入りホテルをあげるとしたら最後はココでしょう!ご存じウディ・アレンが毎週のようにクラリネットを吹いたBARがあり、また”レニィデー・イン・二ューヨーク”でもたっぷりも観せています。ホテルもハイ・ソサイティながら伝統的なアメリカン・クラシックな雰囲気を味わえます。プライスも高いので僕も一度しか泊まったことはないのですが、ニューヨーカーとアメリカンの入り混じった雰囲気を味わえました。

ここに泊まったなら、やはりBemelmans Bar に予約を入れておくべきでしょう。お気に入りのバーのホテルに泊まって、予約して行くバー・スタイルは気持ちに余裕が出来て、慣れない旅行者には欠かせませんね。

映画 “カーライル ニューヨークが恋したホテル” これを観てから訪れるというのも良いかと。

Bemelmans Bar
以上、ホテルの引用写真

旅慣れしてきた2000年代以降、ホテルのセレクトに変化。当時、ポール・スチュアートやバーニーズと商いを開始していましたので、商談室があるミッドタウンにまず2~3泊、そして後半は、マーケット・リサーチに便利なダウンタウンをチョイス、前半後半とホテルを分けました。この方が動きやすかったからです。同じホテルに居続ける気楽さはありますが、やはりホテルは行動するのに便利なエリアが最適!そこでこうなりました。

以上の他にも宿泊したホテルは沢山あります。何せ20代半ばから毎年のように出張していましたので。失敗したホテルも数々あります。また、リコメンドのミスやホテル側のミス(それでも泊まれなかった) 泣きたくなる事も度々。しかし、それもまた経験となりホテルの選び方が上手くなったのかもしれません。旅行者にとりホテルは自宅と同じですから大切です。 50年間の思い出をたどりながら、少しづつ書いてみました。旅の思い出はホテル!

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慶伊道彦 IVY STYLE 手引き/ロンドン思い出のホテル

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

ロンドンでの宿泊ホテルから、バブルを挟む80年代90年代を思い出してみました。

サラリーマン時代いわゆる鞄持ちでの出張時代は、実につまらない平凡なホテル宿泊でした。(それがアッパーミドルクラスではあっても) それゆえ、自分で会社を興してからの出張は、意味のあるホテルに泊まりたいと考えました。

まず第一にロケーション。興味あるエリアにあるホテルを選択。ホテルを中心にして歩き回りたい。何度も往復できるので便利さに勝るものはないです。

第二にアットホームな事、平たくいうと大きすぎない事。チェーン化されたホテルでない事、時の移りでその後系列化されていくのは、致し方ないところですが、当時は独立したホテル経営である事。

第三にカルチャーを感じるホテル、宿泊しているだけで、自分の何かに刺さったり興奮したりするホテル。とはいえ、別段いたって普通なセンスで、奇を衒うとかいう訳ではありません。

このような条件のホテル選びをしましたが、勿論値段もソコソコ高いレベルなので、2泊位まではそこに泊まり、その前後はいたって普通なホテルにしてコスト・バランスを取りました。ロケーションだけはなるべる興味あるエリアにはしましたが。

では、僕の80年代90年代から2000年代初めまでのホテルの紹介をします。(宿泊した当時の印象なので、その後変わっていく場合もありますが)

“22 JERMYN STREET“

80年代、30才台初めの頃、ロンドンのクラシックなスタイルに憧れていたので、まずはジャーミン・ストリートかなと思い、知人に紹介して頂く。有名な帽子店BATEの隣の見落とすような狭いドアから入ります。(BATEは、2000年代に入り閉店し、その後、別のファンドで再開するが、当時のイメージからは程遠いが) ロビーもなく小さなフロントですが、宿泊フロアは、それぞれの3フロアだったか各フロア4~5部屋あったようなスケールでした。エレベーターもなく、当時重い鞄を持ち上げるのに苦労した思い出があります。

当然、ジャーミン・ストリートは、目の前、ピカデリー・サーカスも1分!バーリントン・アーケードも5分、初歩のロンドン歩きには絶好のポジションでした。界隈の老舗店に何度も足を運んで勉強しました。特にジャーミンStreetはシャツの聖地で、ヒルデッチ&キー、ターブル・アッサーを筆頭にいくつかのシャーツ・ショップがあったので、ボタンダウン離れしていた頃でしたから、ワクワクが止まりませんでした。

2-3Mの入り口
老舗帽子店BATEの隣り
小さなフロント・エリア

HAZLITTS SOHO

ハズリッツ 1718年創業、昔の文豪が泊まっていたことで有名でしたが、ソーホー地区に興味が出て来た頃に宿泊、まさにド真ん中にあるこの小さなホテル、何と床が傾いていました。やはり立っていると妙なのですね、球が転がる感覚。猫足バスタブや実に古い時代を感じさせる室内の魅力はさておき、やはり2泊が限界でした。ただ、シャーロック・ホームズの世界に近いソーホー文化に触れる最前線だったので、古い歓楽街ソーホーを満喫出来ましたが。最近、またリニューアル・オープンした事をSNSでチェックしましたが、あの!傾きはリフォームされたのかな?

写真は現在のものを引用しました
当時はもっと古い感じがしましたが
猫足バスタブも今は新しいモノです

Number 16 Hotel / サウスケンジントン

ナンバー・シックスティーン サウスケンジントン駅近くの閑静な住宅街にあります。ロンドンのホテルによく見られる以前は高級マンションだった建物をそのままホテルにリフォームしたスタイルかと。80年代後半、マイケル・ドレークに紹介を受けて以来、気に入ったので何年も宿泊しました。ここはチェルシー地区に近く、キングスロードまでの道中たくさんの有名ショップを見るなど、メイフェアとはまた違う高級エリアを散策できます。その後新しくできたザ・コンラン・ショップも近くにあり、またあのハロッズも歩いて15分くらい、道中アンティーク・ショップなどを楽しめました。

このように邸宅の入り口といった感
セルフサービスのラウンジ・バー/ 勝手に出して飲めるので、意外と使いました。夜遊びが足らない時とか 勿論自己申告はきちんとしますがネ
女性が喜ぶようなスタイルのブレックファーストができる内庭、高いので滅多に使いませんが

SOHO HOTEL ソーホーエリア

80年代後半から90年代にかけて、ロンドンのナイト・カルチャーにハマりました。新しい文化はすべからくソーホー・エリアから発信されてました。バー&ラウンジ、劇場、JAZZ、クラブ、映画館、、当時ニューヨークと共にロンドンでも新しいスタイルのホテルが誕生した時代でしたが、大体がソーホー・エリアでオープン。(その後、OLD STREETエリアへと移っていきますが)

目新しいファッション・ホテルの一つであるソーホーホテルにトライしたのは、そういった時期でした。外装は古い建物をリノベートしたものなので、歴史を感じさせますが、一歩中に入ると全く別な世界、ニュー・カルチャー・シーンを感じることができました。ホテルマンの服装や接客方法などもいままでのクラシックなタッチとはまるで違いました。(もっともクラシック・タッチの方が良い場合が多かったですが) ラウンジやバーも新時代を感じ連日ファッション・ピープルで盛り上がってましたね。ヒップなピープルに接した感がありました。

多くの起業家ショップも誕生し、ロンドン・ファッションの底堅さを感じました。

写真は今のホテルの引用
写真は現在のラウンジやバーの引用、その時は、もつとアートなガーデン風だったかと
古い感覚もヒップに捉えて

DUKES HOTEL St.James Places

DUKESホテルのBARが評判だったので、一度トライしたいと思い夕方食事前に訪問したのですが、すでに満員!断られました。そこで作戦を変え、次回のホテルをDUKESホテルにして、BARにトライ。ですから、バー予約のために宿泊したような感じですね。チーフ・バーテンダーは有名人らしく会話も上手、東京にも何度か行ったようで、僕が贔屓にしていたBar TENDER の話で会話が成り立ち楽しい時間でした。ホテルのバーとしては良いバーだと思いましたが、旅行時に並んでまで行くかと言うと。

セント・ジェームス・ストリートから少し入った静かなエリア、LOCK HAT, JOHN LOBB, など老舗店が並び、紳士スタイルのための小道具に眼を奪われる。ジャーミン・ストリートやアーリントン・バーケード、セヴィルローもすぐそこにありますし。

今も変わらない玄関前の風景
古きクラブを意識した内装のラウンジ
名物のBAR 毎日、大勢のビジネスマン観光客が訪れる

CRARIDGE’S HOTEL Mayfair

ロンドン最中心部メイフェアにあり、アールデコな歴史あるホテル、昔から各国の首相や銀幕スターが泊まることでも有名です、僕が80年代このホテルの前を通った時には、ソ連のゴルバチョフ大統領が宿泊、非常に厳守な警備がされ驚いた思い出も。今年も我が天皇ご夫妻の宿泊ホテルとなった事をテレビで知りました。

そんなVIPなホテルに何故まるで似合わない僕が泊まったかと言うと、やはりこれもホテル内のBARに行きたかったからです。(僕が思うにホテルのバーは、ビジターで入るのと予約で入るのでは気分が違う、住んでいるのなら行きませんが、ツーリストですから興味ある事を潰していきたかった) 恐らくこのホテルに泊まって深夜のナイトクラビングをやったようなアホな客はあまりいないのではと、ロックスターは別として。

圧倒されるロビーや各コーナーのインテリアは、僕にも平等に迎入れてくれました。セキュリティの厳しさはこのホテルの政策上当然の事ですが、それに慣れればスタッフはさすがの三つ星!二日間だけのドリームでした。

第一目的のBARは感動モノでした、完璧なインテリアとバーテンダーに圧倒され、宿泊客でなかったならあれだけ楽しむ事はできなかったでしょう。やはり、その後、ビジターで訪れた際は、それほどでもなく、地元ビジネスマンの喧騒に負けてましたから。

メイフェア・エリアは、ボンド・ストリート、セヴィルロー、バーリントン・アーケードなどクラシックなショッピング・エリアの隣、便利さも最大なのは言うまでもありません。

変わらぬ正面玄関前とセキュリティ
美しいアールデコなフロント
最近の写真を引用しましたが、概ねこの様なメンバーズ・クラブ風で、バー・カウンターが素晴らしい

素敵なホテルは、他にも色々あるとは思いますが、所詮一人のしかも年に1~2度の訪問ですから、こんなところでしょうか。ホテルサヴォイやホテルリッツなど観光客に人気のホテルは避けました。また、イギリス特有のBed & Breakfast 形式のホテルもイギリスっぽく値段も手頃なので、度々間に挟みました。

ホテルはそのエリアの中心、ポジションだけでなく文化的にも意味があります、ですからホテルを決める際は、まずは興味ある場所から、という事は日本の旅行でも変わりません。是非、よい旅を!

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / 昭和スタイル・ホボユル考察

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

昭和ブーム!そこでKayの昭和の話

今の昭和ブームは、おそらく80年代の話だと勝手に思っています。メンズ・スタイルにおいて、例えばゴージライン一つ取ってみても、5年程前までは、肩にくっつくのではと思うくらい高い位置でした。それがかっこよかったのですが、今ではスタンダードな位置にまで戻ってきました。むしろゴージをもっと下に下げてラペル幅も広めで、当然ゆったりしたシルエットを楽しむおしゃれさんが登場していますが、意外とコレ!80年代のDCブランドのスーツに似てるんですよね。プレッピーとDCブランドは80年代の申し子ですからね。

80年代スーツの引用写真
段々とゴージラインが下がってきている(引用写真)

音楽も80’s和製ポップスが流行りとか、山下達郎や松田聖子に代表される。(まあ〜そのあたりは詳しくはないので、サラッとで)

(引用写真)

やはり僕のような団塊世代の者たちに取って、昭和とは60年代でしょ!自分たちの10代後半から20代前半あたりの頃ですかね。その頃の出来事だけは鮮明に覚えているのですから。

その頃のメンズ・スタイルといえば、IVY/アイビールック!ヒップなアメリカから持ち込まれたアイビールックは、瞬く間に全国に波及。僕ら少年青年を虜にしました。

今では、アイビー・スタイルと呼び名も変わりましたが、プュア・アイビーな方から僕のようにほぼユルなスタイルの者まで支持者は今でも多いです。

アイビーといえば、やはりMENS CLUB
MENS CLUBの創刊が1963年!まさに60’s

60年代の最大のカルチャーな出来事は、テレビの普及でしょうね。魅力あるテレビ番組が多く登場、新しいカルチャーをテレビから感じる時代に。

今、思い出しても、当時の番組はシャレていました。幾つか挙げてみましょうか。皆さんも若い頃を思い出してください。

NHKの”夢であいましょう” 中嶋弘子の司会で始まるこの番組、その後大活躍する多くのスターを生み出しました。渥美清、黒柳徹子、名曲”上を向いて歩こう”の坂本九、永六輔、中村八大、など

中嶋弘子の引用写真
バラエティ番組からスターが(引用写真)

深夜番組からカルチャーが生まれるのは当時も同じかと。日テレの11PM 、大人のためのバラエティ番組、女性のスキャットで ”イー・サバダバ”と軽快に始まり、司会の大橋巨泉と朝丘夢路がアップに!作曲は当時一番の洒落モノと言われた三保敬太郎、そして司会の巨泉からは遊びがヒップだということを教わる、釣り、麻雀、競馬、ゴルフ、風俗、もちろんジャズやカクテルも。働くだけのサラリーマン気質が少しだけ変わってくるのも、この番組のお陰かな。

日替わり司会者たち(引用写真)
“野球は巨人、司会は巨泉、朝まるで弱い朝丘”

当時No.1なべプロの歌謡番組 ”シャボン玉ホリデー” ザ・ピーナッツとクレージーキャッツが毎回出演、植木等の ”お呼びでない?こりゃまた失礼致しました” 番組の看板フレーズとしてブレーク!数々の大ヒット曲がこの番組から生まれた。

クレージー・キャッツのレコードカバー
ある日の出演者たち (引用写真)

フジテレビ番組からも一本 “おとなの漫画” クレージーの新しいギャグを楽しんだものです。ここから青島幸男が構成担当でデヴューし、その後の植木等との大ヒット曲が生まれます。”無責任男シリーズ”

クレージー・キャッツ (引用写真)
この写真はクレージーをよく表しています(引用写真)

60年代を語る上で欠かせないのが、新しく生まれた男のスタイル雑誌でしょうか。”MENS CLUB”の前身である”男の服飾讀本”は、その後アイビーを紹介するようになり、1963年12月号より”メンズクラブ”の誕生!アイビールックの火付け役となり、全国に(曰く)アイビー族を生み出すキッカケとなる。

(引用写真)

64年4月に創刊された”平凡パンチ”、ファッション雑誌のMENS CLUBと違いヤング・ターゲットの総合雑誌で全国でも発売されました。そのためインパクトは凄いものがありました。当時、田舎に住んでいた僕(高校生)ですらコッソリと読んだものです。ですからアイビーが全国に知られるようになったのは、平凡パンチのアイビー特集からでしょうか。大橋歩さんの表紙のイラストもアイビーを匂わせるカッコ良さでした。また、この年の夏、”みゆき族”が闊歩しますが、オリンピック開催の治安維持のため、取り締まりにあい消滅。その後、アイビー族などと言われアイビー・スタイルは全国に広まりました。(石津謙介氏はこの名前に大反対しましたが)

(引用写真)

平凡パンチより、さらにプレーボーイ誌よりの大人カルチャー雑誌、FIVE6SEVEN、遊び心満載!60年代の若者が従来の大人目線から飛び出そうとするサマがよく分かります。

団塊世代前後は、カウンターカルチャーの大きな唸りを受けるが、その時代のシンボルが、三島由紀夫、横尾忠則、寺山修司、そして紅テントの唐十郎ではないかと。新宿東口を拠点として若者カルチャー運動が盛り上がる。

引用写真

新宿では、もう一つの動きもありました。ジャズ喫茶”風月堂” もともとはジャズ好きな若者たちのたまり場でしたが、その後カウンターカルチャーの発信場となる。当時の敏感な若者は一度は足を運んだかと。

カウンターカルチャーの動きは、お茶の水でも起きました。学生運動!なぜお茶の水からなのかは分かりませんが、中大、明大、日大、ミドルクラスな大学が集まったエリアであり、情報が集中しやすかったのではと。神田書店街を控え東大も意外と近くにあったので理論が盛り上がりやすかったからもありました。お茶の水駅前がパリ・ソルボンヌ大学の運動に酷似していたので、カンチェラタン闘争と呼ばれる。

闘争前のお茶の水駅前は、凄くモダンな街並みでした。なにせレンガ通りでしたから。それが、学生運動の際、道のレンガを砕いて投石としたため全滅、その後タダのアスファルトとなる。駅前の画廊喫茶”LEMON”や、マロニエ通りのアテネフランス辺りでは、たくさんの素敵なお嬢さんルックを眺め若者の羨望を集める。(僕もその一人)

LEMON
(引用写真)

とまあ〜簡単に60年代昭和を撫でてみました。詳しい情報は、みなさんそれぞれで突っ込んではと。僕は、当時の昭和を古い映画で懐かしんではいますが。あれからもう60年は経っているのですから、早いものですね。団塊世代にとっても、はたまたそな子供たちや孫世代たちにとっても、気になる時代だったのではないでしょうか。

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慶伊道彦 IVY STYLE 手引き / サマー・スタイル 1週間

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

今シーズンのKAY・STYLE写真より、初夏のスタイル・チェックをしてみました。

月曜は、タイドアップで!夏の定番となったコットン・ギャバジンのスーツ、シアサッカー・ギンガムチェックのジャケット、どちらにも黒のニットタイを合わせました。極オーソドックスなサマー・ドレススタイルです。ギャバジンの方は、タイバーを差しコンビのスリッポンでアクセントをつけました。ギンガムチェックの方は、白のスエード・スリッポン、イエローのアーガイル・ソックスで脱力感を演出。定番を遊ぶと言ったイメージです。

火曜は、カーキーのコットン・スーツ、イエロー・ボタンダウンシャツ、ネイビー地にブラウンとイエローのストライプのレジメンタル・タイでアイビーなビジネスマン・スタイルを演出。もう一方は、クラシック・バティック柄・ジャケットに、オーソドックスな黒のニットタイと白のボタンダウンで合わせバランスを取る。この場合、パンツはダークグレーのサマー・トロピカル・パンツと地味目が正解。

水曜は、ハーフスリーブ・シャツにニットタイ!60年代は、”ホンコン・シャツ” とネーミングされてサラリーマンの定番スタイルとなっていましたが、こうやって今シーズン装ってみると、なかなか新鮮な気分です。グレー・トロピカル・パンツとネイビー・コットン・パンツで雰囲気を分けてみましたが、どちらもライン入りでキレイめスタイル。

木曜は、マドラスのシャツ・ジャケットで。このようなシャツにはワーク・パンツとかホワイト・ジーンズを合わせるのがベター。インにヘンリーネックのTシャツを持ってきました。ヘンリーネックは、前ボタンがアクセントとなるので、シャツの前開きの際にもバランスがとれます。キャップとスニーカーのお決まりセット!

金曜は、イエローのOX地ボタンダウン・シャツ、太い一本線バーティカル・ストライプがアクセント、ホワイト・ジーンズの相性抜群かと。OX地シャツをジャケット気分で着こなすのは、今シーズン多くなると思いますが、コツは、色、柄、どちらかで遊ぶ(両方だと派手過ぎるので)

土曜は、クレージーマドラス・パンツを穿く、やはりヘンリーネック・Tシャツをインに持ってくる、ネイビーのコットン・カーディガンとバケットハットがアクセント。マドラスでなくても、バティック・プリントやマリーンテーストのプリント・パンツでも夏のリゾート感が出てよろしいかと。

日曜は、マドラスのバミューダ・ショーツに素足スリッポン、ホワイト・ウエスタンシャツを前開きで着て、インのカラーTシャツを楽しむ。ショーツと共地のバケット(共地でなくてもよいが) 、レイバン風サングラスがアクセント。ショーツにはロングスリーブ・シャツでロールアップを楽しもう。夏の白シャツは、コーディネートに悩んだ時の強い味方です。

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慶伊道彦 IVY STYLE 手引き / シャツを羽織るシーズンイン

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

今シーズンは、シャツをジャケット羽織る感覚で着たいです。そして合わせるパンツはショーツ!軽快と行きたいです。その際の留意点をいくつか述べたいと思います。

シャツは、ブロードのドレスシャツのようなペラペラな素材は避けたいです。目安は洗いざらしで着れるかどうか。そう言った意味では、オックスフォードのボタンダウンシャツがピッタリです。襟の半たてや袖のロールアップもイージーですし、厚めの生地が前ボタンの二個三個開けの際の開き具合もいい感じにしてくれます。

ブルックスブラザーズのBDシャツ、少し大きめなサイズを修理する、丈を2-3cmカット!その位までのカットは、バランスもそんなに崩れなく問題なし、袖丈は5-6cm短くしましたが、これもカフの移動で直せ全然問題なし!(Kay仕様)
オックスフォード生地でなくても、また少し以前のシャツシルエットでも(ややスリムですが)、このようにリラックスな着こなしをすればギリギリ大丈夫かと。

マドラスショーツに合わせるシャツは、基本無地が良し、なにより深く考えなくてもよく合わせやすいので、どちらかと言うと、インナーのカラー・Tシャツで遊びたいです。どんな色を持ってきても問題なしで胸元を広く開けて楽しめます。

ショーツのシルエットですが、今シーズンは上下の写真の様にたっぷりと広め、このゆったり感が時代!もっともそれでなくちゃいけないと言うわけではなく、手持ちのスリムなバミューダ・ショーツでもクールさはそんなに変わるわけではない。

下の写真は、柄パンには、無地のシャツ(スエット) 無地のショーツには柄のシャツ、といった例となります。組み立ての基本です。

MENS CLUB 60’s より〜

インに合わせるTシャツですが、霜降りグレーやブルーなどカラーTシャツは好みでどんな色でも合わせられますが、今シーズンはヘンリーネックに注目したいです。なによりも前ボタンが胸元を開いた時のアクセントとなりイージーです。写真は、ウディ・アレンの ”ボギーよ、俺も男だ!” からですが、彼は70年代よく着ていました。

ヘンリーネックとは、このように前開きのTシャツ、パジャマ・シャツから生まれました。前ボタンがあるので、胸元の寂しさをカバーしてくれます。写真のマドラス柄ですと、上のシャツにはイエローやピンクのOX無地シャツを合わせたいです。

シャツとショーツのお出かけスタイルの場合、足元には、少し重いシューズを持っていきたいです。特に決まりや理由もないのですが、シャツとショーツという軽いスタイルの締めには足元だけ重くする!これがKAY流のバランス感となります。そう言った意味では、ダーティー・バックスなどはピッタリ!

ただし、いわゆる近所ブラ的な場合は、スニーカーでもヨシ、軽快といきたいです。

ハーフ・スリーブのシャツは、ショーツにはダメ?ダメとまでは言えませんが、軽くなり過ぎ、少年っぽくなり過ぎ、その様な理由で僕はショーツにはロング・スリーブ・シャツを選びます。

ハーフ・スリーブ・シャツの良さもあります。その際は、パンツをライン入りのドレスっぽいパンツはいかがですか。そしてスニーカーやスリッポンで軽快感を出します。軽さと重さのバランス感が出るかと思います。昭和なスタイル感を楽しむ。

MENS CLUB 60’s ストリートスナップより〜

他にも長袖シャツは室内の冷房対策ともなりますが、襟を立てたり袖をロールアップしたりと、気分次第での仕草もクール!大人な若者気分?!

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / “ボギー!俺も男だ” ウディ・アイビー

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

“ボギー!俺も男だ” この映画!僕はズーッと監督がウディ・アレンだと思っていました。その位、実にウディくさい映画でした。おそらく昔、公開時に観たかと思いますがすでに覚えていなかったので、今回プライムで再度観ました。この映画、ウディが舞台劇で喝采を得ていた作品の映画化とか。脚本は勿論さらに撮影にも参加しているようなので、やはりウディ映画と言えるでしょう。その後の”アニーホール”へと繋がっているように観ていて感じました。

さて、この映画、ウディのアイビースタイルが満載なのです、もしかしてアニーホール以上かも。

オープニングからこのハットでやられましたね。くたびれたクルーネック・セーターとチノパンでのコインランドリーのシーン。ウディはバケットが好きなようで、近年でも写真でよくみます。

プリントのボタンダウン・シャツにカーディガン!まいりました

舞台劇時代からお付き合いしているダイアン・キートン、その後の活躍はご存知の通り。この頃からオシャレ度は満点!素敵なスタイルを沢山魅せてくれます。ウディの方は、おそらく上の写真はタータンチェックのネルシャツにカーディガン、そして下の美術館写真では、ヘンリーネック・シャツにシャツ・ジャケットと、やはりアイビーな感覚満点!

このシーンには大受けしました。バスターキートン風バタバタなパントマイムの連続、それをボタンダウン・シャツにチノパン、紺ブレでやっちゃうところが、ウディの本骨頂かな。71年公開時、時代はオーセンティックからニュー・トラに。たっぷりシャツにワイド・タイそして太いパンツ・シルエットに時代感覚が表れています。足元のサドル・シューズにも注目。

まさにニュートラ時代のトラッド・ルック、ベージュのコーデュロイ・スーツ、ラペル幅もネクタイの幅も太くなっています。

インディゴのシャツ・ジャケット、中にオープン・シャツを重ねる、。胸元からのTシャツ覗かせは、ウディの得意技。

マルチ・ブロックチェックは当時のトレンド柄。それを上品に着こなししています。

タータンチェック・シャツ、ポケットをバイヤスで入れる。オープン・カラーからはTシャツ覗かせ。外出時は、それにツィード・ジャケットを合わせる。勿論、チノパンと、70’sニューヨーク・スタイルをここに見る。

他にも色々とアイビー・スタイルを楽しめます。勿論ファッション映画ではないのですが、アイビー愛好家にはたまらない一品ではないかと思いました。

ウディ・ファンでなくても、70年代初めのニュー・トラディショナルの街スナップとして、この映画はとても参考になりますので、是非。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / 今様アイビーこれだけやれば大丈夫

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

オーセンティック・アイビーに関しては、これまで何度が説明して参りましたが、さすが今どきそこまで守る必要はあるのかなあ〜と、考えている方は多いのではないでしょうか、一部の熱烈マニアやコスプレ派は別として。

そこで、今回はボボいいボボユルなアイビー・スタイルの提案をしてみたいと思います。これだけ守ればアイビー!

1: ナチュラル・ショルダー

やはり、名称通りの自然な肩ラインのジャケットでなければならない。最近の流れは、ゆったり感なので、サイズは肩に余裕のある大きさが欲しいが、その際もパットは薄い芯地一枚でありたい。よく洋服は肩で着るべしと言われますが、まさに肩に添ったラインがアイビーの肝!それさえ守ればホボユル・トラッド

New Yorker 80年代広告より
マニカ・ショルダー

ウエストは、絞られていないボックス・シルエットたとえ絞りがあっても緩い絞り、肩からストーンと落ちるゆとりがあるシルエット

アイビー・ファンには有名なヘンリー・フォンダの写真から、この位ゆったりとした着心地が欲しい。

Esqure Japan より

2: シャツとネクタイ

アイビー・モデルのスーツでなくても、ボタンダウン・シャツとプレーンノット・タイで、アイビーな表情を作れる。ノット(ネクタイの結び目)が、プレーンノットで綺麗に巻かれていたなら、ホボユル・TRAD

その際、ケーリー・グラントの組み立てが参考になる。トラッド・スーツではないのだが、軽くラウンドしたボタンダウン・シャツに無地タイをプレーンノットで巻く

ロールの効いたボタンダウン・シャツにプレーンノットの結び目がハマる。ロイ・シャイダーのニュートラ・スタイルは、勉強になります。

ボタンレスのレギュラーカラー・シャツにも、ネクタイをプレーンノットで合わせることで、アイビーな香りは残る。プレーンノットはアイビーの頼もしい味方です。

Brooks Brothers カタログ

3: パンツ

一昨年シーズンあたりから、パンツのシルエットに変化が見られます。イタリアン・スタイルに象徴される先細り裾幅が狭いパンツから、どちらかというとパイプステム・シルエット、ヒップ下からストーンといった感じのシルエットに、当然裾幅も2 cm程は広くなっています。写真に見られるように、両ポケットに手を入れても余裕があるくらいのワタリ幅のパンツなら、ほぼゆるアイビー

LIFE誌より引用

アイビー本場アイビー・リーガーの普段着が参考に、やはりポケットに両手を入れてもタイトでないサイズ感を覚えましょう。

MENS CLUB 70’s

ウディ・アレンのパンツは、そういった意味でも参考にしたいです。彼のパンツのシルエットは秀逸!腰回りからワタリにかけて少しだけゆとりをもたしたパイプステムがクールな味出し。

ディティールが命なアイビー・スタイル、厳しいルールがたくさんあるのですが、それはそれ、そこはマニアな方にお任せするとして、自分は今風な心地よいスタイルを楽しみたい、まさにそれがアイビー・スタイル!

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慶伊道彦 IVY STYLE 映画 / 愛の狩人

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

“愛の狩人” 71年公開映画、監督は、あのIVYスタイルの名作 ”卒業” のマイク・ニコルズ、しかも”卒業”の主題歌を歌ったアート・ガーファンクルが主演しているという、まさにアイビー・映画。

出演者は、他にジャック・ニコルソン、キャンデス・バーゲン、アン・マーガレット、そうそうたるメンバーです。

ですが、タイトルからわかる通り<セックスの知識> ほぼほぼ女性ナンパのB級映画でしょうが、監督とアート・ガーファンクルとくれば、クールなスタイル映画に仕上がるのは確実。

オープニングは、クールビューティーなキャンデス・バーゲンが、アイビー校との交歓会に参加するシーンからはじまります。いいですね〜キャンデス!40年代は、まだアイビー校は女子入学禁止でしたので、近くには女子大が必ずありました。<セブンシスターズ>

ウブで勉強一筋のアートがキャンデスにナンパに行くのですが、これがなかなか進まない、ニコルソンに背中を押されて何とかといったところ。その時の服装は、グレーのホームスパン・ジャケットに黒のパンツ、ジャケットから考えると、まだまだアイビー前夜かと、ラペル幅や肩幅は広くノーベントで肩パットも入っています。シャツもセミ・ロングポイント。ただサドル・シューズにキャンパス感が表れていますが。おそらく、40年代後半辺りの大学4年生といったシチュエーションかなと?アイビーが沸騰するのは、50年代入ってからですから。

一方のニコルソンは、ブラウンのジャケットにプリントのボータイを合わせています。それにしても、アイビー校の学館でしょうが、わずかのシーンだけでもその威厳は伝わります。静かな雰囲気での男女交歓会がかの時代を写しています。

デートにこぎつけたアート、ホームスパン調グレージャケットにライトグレーのクルーネック・セーターを合わせアイビーな香りがします。

二度目のデート、バッファロー・チェックのCPOジャケットにダークグレーのクルーネック・セーター

一番のクールなシーン!アイビー校の雪の校内を二人はダッフル・コートで歩く、二人のダッフルの着こなしも違い魅せます。周りの学生たちも含めてアイビーな匂いがプンプン、憧れはMAX!

アート・ガーファンクルのVゾーンから、ネクタイはブルックスブラザーズと思える。なぜならBBのシンボル的なレジメンタル・タイをしているので。ですから、その他も恐らくそうではないかと推測される。この頃になると、ボタンダウン・シャツ、トラディショナル仕様のジャケットとトラッドがアメリカのビジネスマンのトレンドとなっている事を伺わせる。

ジャック・ニコルソンもしかり、ブランドは分からないが、トラッドな出立ち。ニコルソンのトラッド・スタイルはなかなか観ることもないので貴重

キャンデス・バーゲンと共に、アン・マーガレットが出演!僕の学生時代の憧れ女優。“バイバイバーディ” “ラスベガス万才” “シンシナティ・キッド”

唯一のスポーツ・シーンから、白一色のコーディネート、テニス・ジャケットにリブのコットン・セーター

物語も終盤、彼らも40才代と中年入り。スタイルも当然変わります。ポスト・アイビーというか、アイビーがダサい時代もありました。

アートは、ヘンリー・ネックにやや裾広がりのパンツ、当時パンタロンと言ってました。

ニコルソンの方は、セレブ感覚なスタイル。エンブロイダリーのスリッポンを素足で。白のオープン・シャツ、今でもこのスタイルはセレブご用達かと。

そしてフィナーレ、二人のスタイルに時間の経過が表れています。アイビーなダッフル・コートからムートンやフォークロアなコートへ。

およそ40年代後半のスタイル (学館内でのジャケットから考えて) 、そして30才代トラディショナルな時代60年代後半でしょうか、最後に40才代70年代のヒッピー文化華やかなりし頃と、スタイルも変わります。そこを観るのが楽しい映画です。スタイルが好きな方へのお勧め映画。

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