慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “American Graffiti” Richard Dreyfuss

Kay Coffee Break

1962年9月のある夜、4人の友達がハイスクールを卒業し次に旅立ちするまでの一夜の物語。

ウルフマン・ジャック・ショー、ドライブ・イン、ローラースケート・ウェートレス、フォードやシボレーの改造車、物語を繋ぐポップ・ソング、などトップリと50’s感に浸れる映画。

物語は、夜のドライブインに集まる3人の若者達から始まる。三者三様のアイビー・ルック、50年代アメリカはアイビー・ルック全盛期、公開から60年経った現在 、街には ”Back to IVY” の風が吹きアイビー・スタンダード・スタイルがストリートの華となる。

Short-Sleeved Shirt ジャケットを着ない若者は半袖シャツを好む。(ジャケットの場合、汗をかくので必然的に長袖となるが)

シャツ・カラーは当然ボタンダウンで、フロントはボタン・フロント(前あき) とPop-over(プルオーバー) がある。素材柄はマドラス・チェック、アイビー・ストライプ、シャンブレー、バティックなど。裾を出す現代と違い、ウエスト絞りのないシャツをきちんとパンツの中に入れて、アイビー・ベルトをするのが基本。

ローラースケート・ウェートレスが似合う50年代、やはり当時は人気職業故に容姿重視の美人採用だったのだろうな。グラマー・ウェートレスが絵になるダイナー。

この映画、たった一夜の物語なので、若者達のスタイルもそれぞれ一点づつなのだが、それでもサマーアイビーを魅せる。なかでもマドラスチェックの半袖シャツを着たリチャード・ドレファスのルックが印象に残る。ゆったりとした絞りのないシルエットは今に繋がるし、裾を外に出すのも今っぽい。インナーに白のTシャツ、コットン・パンツとスニーカーを合わせるスタイルは今でも同じだ。

この映画が成功したわけの一つが、ウルフマン・ジャック・ショーから流されるポップ・ミュージック。遅ればせながら日本でも、60年代に入ってDJの音楽番組が受ける。ウルフ本人も出演しストーリーに厚みを出す。

アメリカのハイスクール卒業の儀式が、PROMという卒業記念ダンスパーティだが、青春映画では欠かせないシーンだ。男女生徒達の様々な流行がそこから窺える。

ロニー・ハワード扮するスティーブ、淡いブルーのギンガムチェック、ボタンダウン半袖シャツが青春を感じさせる。もちろんコットン・パンツにアイビー・ベルト。

一夜明けた見送りのシーン、やはりそれぞれの半袖シャツがクール。私見だが、半袖シャツを着た際のパンツは長いパンツ、長袖シャツの場合はバミューダ・ショーツで良い。(袖をロールアップする分には構わない) 何故だか昔からのルール。

この映画からアイビー・トレンドを考えると、やはりショートスリーブのシャツ。中でもポップオーバー、日本ではプルオーバーと呼ばれているが、70年代以降見かけなくなった。ここに来てリラックス・サイズで裾を出す着方が当たり前となってきたが、そうなると前立てが途中で止まり袋状になるポップオーバー・シャツがカッコよく映るようになりトレンドとなる。合わせるパンツも当時より太くリラックスなシルエットだが、チノパンやシアサッカーなどコットン・パンツというのは変わらない。この映画のクールさも変わらない。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “Jazz on a Summer’s Day” Spectators

Kay Coffee Break

夏の気配がすると、毎年必ず観たくなる映画、”真夏の夜のジャズ”

撮影された1958年はアメリカズ・カップ開催の年、その同時期同じ場所で、ニューポート・ジャズ・フェスティバルが開催。双方のイメージが相まって洗練されたアイビー映画に仕上がっている。音楽フェスティバル映画には珍しく主役は観客、それも半端無いレベルの高い50年代アイビー達だ。アメリカがゴールデン・エージを謳歌していた時代の雰囲気が感じられた。この頃の日本と言えば日活ヌーヴェルヴァーグ映画が人気で、石原裕次郎の”嵐を呼ぶ男” “錆びたナイフ” が時代を切り取る、そんな58年代。

さて、映画のオープニングはアメリカズ・カップのヨットレース映像から、ジャズに揺られてヨットが波間に漂うカッコいいシーンがこの後の展開を期待させる。

フェスティバルは、Jimmy Giuffre Threeから始まる、ベージュのコットン・スーツにペイズリー・タイ。いきなり夏の代表スーツからとはなんとクールなんだろう!さあ〜アイビーのお祭りが始まった。ジャズ映画とはいえ演奏シーンはそれほど多くなくジャズ・マニアにはモノ足らないに違いない、しかしその分HIPなスタイル映画に仕上がっていて、なかでもAnita O’dayの横顔からのショット、白と黒のドレスで弾むスキャット、素敵なアニタが炸裂していた。

Gerry Mulligan、Chuck Berry、Chico Hamilton、Louis Armstrong、Jack Teagarden、etc. プレイヤーの誰もが楽しんでプレーし輝いていた。

夏という事もあり会場は、男も女もサングラスとストローハットのスタイルが目立つ。レイバンのウェイファーラーがこの時代のアイコン、自然とスタイルに溶け込む。ストローハットも全盛期、60年代には消えてしまうアイテムとなるので、ハットをかぶるのもこの頃までか。また、この時代だけ流行ったアイビー・キャップの観客もいた。

ウェイファーラー
ストロー・ハット
アイビー・キャップ

やはり夏のアイビーには、マドラスチェックとアイビー・ストライプのシャツが似合う。意外だが、その後どちらも一旦は消えてしまう。復活したのは、マドラスは早く、80年代Preppyブームで、その後また消え2010頃のアイビー・スタイルのカンバックで再度ブレイク。アイビー・ストライプに至っては未だに復活はない。(そろそろかなという気配はありますが)

アイビー・ストライプとは、英国で生まれたレジメンタル・ストライプをアレンジ、細めの等間隔ストライプで渋めで落ち着いた色合い、アイビー・リーガーに人気を博すことから名付けられる。

真夏にも関わらずネクタイをしたドレス・スタイルも目立つ。70年代に入るとネクタイの代わりにボタンダウン・シャツからカラーTシャツを覗かせるニューヨーク・トラディショナルが人気となり、ネクタイは脇に追いやられる。

夏の主役であるSeersucker 多くの人が着ていた。当時のバミューダ・ショーツは、ハイソックスを合わせていた。

シアサッカー・スーツ

会場のオープン前の仕上げ映像も何故かアイビーして、映画のセンスが窺える。

唯一残念なのは、マイルス・ディヴィスの出演シーンがないこと、50年代アイビーだった彼をバート・スターン監督がどう映像にしているかを観たかったが、贅沢言うのはやめ真夏の夜に浸りたい。

先日、神保町を訪れた際に喫茶店 ”Trois Bagues“ でCoffee Break、丁度オープニングにも使われたセロニアス・モンクの ”Blue Monk” が流れ、一瞬だが波間に漂う感覚を味わい、映画を想う。

この映画では、個々のスタイル模写だけでなくアイビーな気分を感じたい。何を着ているとかどんな合わせ方をしているとか、それよりもアイビーな気分でいるという事がそのままヒップなアイビー・スタイルとなることを学びたい。モノよりマインドだ!

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “Where the Boys Are” George Hamilton

Kay Coffee Break

ボーイハント Where the Boys Are

コニー・フランシスの甘いタイトルソングで始まる青春映画、日本公開は61年だが僕が観たのは、それから4年経った65年の大学1年の時。上京したばかりでアイビーの事を何も知らず、大学街の本屋で出会った雑誌メンズクラブだけが頼りだった頃。オープニング・シーンで登場するアメリカの学生達にカルチャーショック、なんとまあ〜華やかな青春なんだと。そして舞台は夏休みバカンスで多くの若者達でごったがえすフロリダに。ビーチの誰もがカッコいいアイビーをしているように思えた。映画の後、速攻でホリゾンタル・ストライプのTシャツとバティックのバミューダ・ショーツを買いに行った。

さて映画から見るスタイルだが、ジョージ・ハミルトンからは多くを学ぶ。ブラウン大学のエンブレムを付けたシングルのネイビーブレザーにブルーグレーのパンツ、ライトブルーのボタンダウン・シャツ。またエンデング・シーンの白浜では、ニューポート・ブレザーにライトグレーのパンツ、白のボタンダウン、そこに黒のスリッポンを合わす。さすがのブラウン大学アイビー・リーガーの設定。

恋人役のドロシー・ハートも相手役にピッタリの清楚なファッションで素敵なスタイル。いっとき僕は共演のイヴェット・ミミューのファンでしたが、この映画では可哀想な役どころでした、しかしピンクが似合っていたなあ〜。

 ニューポート・ブレザーとはVANが名付けた和製英語で、本場では単に4ボタン・ダブルブレステッド・ブレザー と呼ぶ。Wの4ボタンでボックス・シルエットと短いサイド・ベントが特徴。65年に開催された東京オリンピック以降日本でもブレザーの人気が高まるが、まだまだ一般人は着こなし方がイマイチの時代、だからこの映画を観て納得したものだ。ネイビーにはグレーのパンツが一番なんだと。

アイビー・ストライプ・シャツのカッコ良さは映画から学んだ。ジャズ・ミュージシャン達の着るプリント柄シャツもアイビーしていて実にクール。早速お買い上げ対象となる。60年代後半は、アイビー・ストライプやペイズリープリントそしてマドラス・チェックなど柄物のシャツがブレーク、長袖シャツだけでなく、ポップオーバー・シャツやショートスリーブ・シャツでも大流行り。

電信柱の愛称を持つコメディアン俳優ジム・ハットン、高身長ゆえアイビー・スーツが実によく似合う。ここではコットンギャバジンのスーツにレジメンタル・タイで魅せる。ジムは映画ではいつもセンス良かったなあ〜、ケーリー・グラントの東京ロケ映画 ”Walk,Don’t Run” ここでもクールなアイビールックを披露していた。高身長の人がアイビー似合うのはジャケットの丈が長い事にある。長い分3ボタンの間隔を広く取れストレート・ハンギングのシルエットが綺麗に出る。アイビーは、基本ストレート・ハンギング、ズン胴なシルエット。ボタン・スタンスも12~13cmとなる。アメリカでは、60年代に入り一般人体形の男性にも似合うようにモディファイ・トラディショナル・スタイルを打ち出した。ボタン・スタンスも10~11cmと狭くなり、その分ジャケット丈も短くなり、誰もが着れるようになる。

この映画、ハミルトンのスタイル映画のようだ。ビーチでのグリーンやブラックのPOLOシャツ、それに同色のビーチ・ショーツを合わす。ボートではネイビーのゴルフ・ジャケット(ドリズラー、バラクータ、そして日本ではスィングトップ、とも呼ぶ) 白のボタンダウン・シャツに何と赤のスカーフを差す。スーツ・スタイルでもライトベージュ・スーツはコンポラ仕様、フッシュマウスのラペル。ブルースーツはブリティッシュ風アメリカン・スーツでネイビー・タイを合わす。それ以外に上記で述べたスタイルもあるから、ヤング・ジェントルマン・スタイルのイメージはこうなんだと語ってくれた映画。

劇中流れるコニー・フランシスの歌は、青春時代の真夏の出来事を思い出させ、夏が来ると毎度毎度観たくなる映画。

この映画のジョージ・ハミルトンで学びたいところは、ブレザー・ルック。2000年代に入りブレザー・ルックのボトムにはジーンズやカジュアル・パンツをもってくる事が多くなったが、やはりブレザーのもつ本来のセレモニー感覚、そこを大切にしてみたい。パンツにグレーのドレスパンツを合わせて。いざという時そこにネクタイを合わせてドレス・シーンに対処できるようなスタイル。昭和な合わせ方がいい。

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慶伊道彦 IVY STYLE FILM / “Tall Story” Anthony Perkins

Kay Coffee Break

アンソニー・パーキンス Anthony Perkins

のっぽ物語 Tall Story

オープニングからアイビーの匂いがプンプン、大勢のカスター大の学生たちに担がれてアイビーの星 ”アンソニー・パーキンス”が登場!アイボリーのアワード・カーディガン(Cの文字と3本線)、白の洗いざらしのボタンダウン・シャツ、ホワイト・ジーンズの裾をロールし、ホワイト・バックスに黒ソックス、なんともはやアイビーの星から来た王子様。僕がこの映画を観たのは中学生、姉と一緒にだった。その時はアイビーの事はまだ知らず共演のジェーン・フォンダの魅力にやられぱなしで。トニパキのクールさが分かったのは、大学生になって上京しMENS CLUBでトニパキ(当時はそう呼んでいた)のアイビー特集を見てからだったのだが。(MENS CLUB 65年/43号)

カーディガンのボタンは下の二つだけ留めるというテクニック。

ヒッチコック監督の ”サイコ” では、コーデュロイの襟を立て細身のコッパンにデザート・ブーツを合わすという、その格好良さに、もうトニパキにゾッコン。その後、彼はパリに移り住んでヨーロッパ映画中心の地味目な活動となるが、そこもまたクールな生き様と感じファンであり続ける事は変わらなかった。

さて、”のっぽ物語”のスタイルに戻ろう。いくつものクールなアイビー・スタイルを学べるが、やはり一番はこのスタイルでしょう。ネイビーXホワイトのシアサッカー・ジャケット、白のボタンダウン・シャツに黒のニットタイ、チャコールグレー・パンツにホワイト・バックスを合わす。トニパキは兎に角このホワイト・バックスが大好きなようで、どのシーンでも履いている。(その後の多くの映画でも観ることができる)

アイビー・ディテールのジャケット、勿論3ボタンなのだが、この頃、アメリカはもうモディファイド・モデルへと移行しているのかボタン間隔がやや狭いように思えた。

ダークなドレスパンツにホワイト・バックスを履く、そして必ず黒靴下を合わす。

愛らしいのはジェーン・フォンダとのラブシーンにドギマギする表情。また トニパキがジャケットにファンシーなキャップを被るシーンを参考にして、ベースボール・キャップをスーツやジャケットに合わせたい気分となった。

学内のスタイルでは、グレーのスエット・セーター、ホワイト・ジーンズ、お決まりのホワイト・バックス(この場合必ず黒ソックスを合わす)、スエットのショルダー部分が大きく良い感じ。手足の長いトニパキの魅力を存分に引き出している。クールネック・セーターの魅力もこの映画から学ぶ。

アクセサリーで目がついたのは、まずバッシュで白のCONVERSE ALL STAR、当時は垂涎物だった。そして目が点になったのは、時計バンド!一つはストライプ、そしてもう一つはタータンチェック、60年頃もうアメリカのアイビー達はウォッチ・バンドを替えていたのだ。(参りました) 

他のシーンでも、襟がタータンチェックのデニム・ジャケットにホワイト・ジーンズ、ダークなドレス・スーツ・スタイルにスリムタイもこの頃の時代を表している。

トニパキは”サイコ”の狂人イメージだけが突出して今一つ人気も盛り上がらなかったのだが、アイビースタイルとしては満点!”プリティーポイズン”でのダンガリー・シャツの袖カフのロール、”殺意”でのマドラス・ジャケット・スタイル、などなど。アイビーをモードなスタイルで魅せてくれた天才だった。

サイコ “Psycho” ‘60
かわいい毒草 “Pretty Poison” ‘68
殺意 “Le scandale” ‘68

とににかくにも僕のアイビーは、アンソニー・パーキンスの “のっぽ物語” から始まった。以来彼のモード・チックなアイビー・ルックは僕のお手本となった。

この映画で注目したいのは、やはりシアサッカー・ジャケットの着こなし方。グレー・パンツにホワイト・ボタンダウンシャツ、ブラック・ニットタイと特に目立つ組み合わせではないのですが、そこにポイントをおいて他を我慢することが大切。えてしてやり過ぎにシャツやタイを弄ったりするのですが。またダークなグレー・パンツにも注目、ライト・カラーをあわせたくなるところですが、この方がアメリカンなアイビー気分を出すことができます。個性は、ホワイト・バックスかホワイト・スニーカーで出したいです。

という事で ”トニパキ” に乾杯!

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座/ 70年代アイビーはRalph Lauren

Kay Coffee Break

オーセンティック・アイビーがすっかり終わってしまった70年、ニューヨークに革命児が現れる。Ralph Lauren / 67年、ネクタイのリベッツを経てボー・ブランメルで自身のブランドを持つ。そして78年には、”ポロ・ファッションズ”を設立し、フルコレクションを展開。70年には、当時トレンドではNo. 1と言われたデパートのブルミングデールにインショップを開く、などと飛ぶ鳥を落とす勢いでデビュー。アイビーの進化系であるニュートラディショナル(Up Date Traditional) スタイルを打ち出した。

Ralph Lauren 初期の頃

RLの日本上陸は1976年、西武百貨店との契約から始まると通説ではなっている。フルコレクションという意味ではその通りだが、その2年前1974年にネクタイの菱屋が短期のライセンス契約をしている。実は僕自身がサラリーマン時代にニューヨークまで契約に行ったのだ。マンハッタン・アップタウンの豪華なマンションの一室が会社だった記憶がある。当時は、マンションをオフィスにする会社などなかったので、そのクールさが印象に残っている。残念ながらマネジメントに携わる実兄のみが契約時にいて、ローレン本人はチラッと顔を出されただけだったが、まだ27才と若い僕には実に刺激的な瞬間だった。

70年代のRalph Lauren /MENSCLUBより引用

78年ラルフ・ローレンは、新しい切り口であるポロ・ウエスタンを発表した。(僕らはそれをウエスタン・アイビーと呼ぶ) ラルフが古いウエスタン・フィルムがスタイルのインスピレーションだと語っていたのを何かの本で読んだ記憶がある。お陰で僕も西部劇を観る際もスタイルを重視し観るようになった。特に悪役のスタイルが大いに参考になるのは不思議だが。

31才の時に見た雑誌GQのトラッド特集の写真があまりにもクールだったので、僕の会社名に選ぶが、それがワシントンD.C.にあるラグジャリーホテルFAIRFAX HOTEL。(29才で創業した際の会社名が、POLO FASHOINSを真似て、RUE FASHOINSとフレンチな名前をつけたが、商品イメージと合わなく2年で変更した経緯が)

翌年1979年、2度目のFAIRFAX HOTEL訪問の際、ある日の朝、ホテルロビーにラルフ・ローレン氏が居た!スタッフらしき数人と立ち話をしていらっしゃった。なんとヒップな光景なんだろうとしばし唖然として魅入った。

その時のウエスタン・アイビー・スタイルは、ずっーと僕の記憶に残る。ホワイト・オックスフォード・ボタンダウン・シャツに黒のリボンタイ、ツィード・ヘリンボン・ジャケット、コンチャ・ベルトにウエスタン・シューズ。これが本物のウエスタン・アイビーだと、興奮が続いた。

Ralph Lauren ウエスタン・アイビーに魅せられて

そう言えばワシントンD.C.では、もう一つ忘れられない出来事も!ワシントンのRL単独ブティックが素晴らしいと言う事で、訪問。しかし、ウィンドウ・ディスプレイ写真は暗くなければ撮れないという事で、早朝しかも夜明け前の5時頃撮りに出かけた。フラッシュ写真を何枚も撮っている時、大声がして瞬間後ろを振り返ったが、それがパトカーとは思わず危ない輩と勘違いして逃げると、突然サイレンが鳴り出しワンブロック手前でホールドアップ、パトカーに手を挙げて身体検査。(まさに映画のシーン) まともに英語も話せない上にあの状況だからなおさら。唯一分かりやすい言葉 ”I love Ralph Lauren“ 連呼!なんとか分署に連れて行かれず解放された。その当時、日本が商品のコピー問題で大騒ぎになっていて、それが頭によぎったのもあったが、あれ以来、日が出てからの撮影しかしない事にした。

70年代は、ニュートラディショナル以外にも、ヒッピー・ファッション、サーファー・ルック、雑誌ポパイからのアウトドアやへビーデューティ、これらのスタイルが流行りアメリカン・スタイルの中でもアイビーは忘れ去られた時期だった。その中で唯一アイビー派が愛したのはニュー・トラディショナル・スタイルだったのだ。

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / 60年代後半はモード満開の時代

Kay Coffee Break

60年代後半はアイビー対コンチの時代と話したが、実はさらに二つのスタイルが生まれたのだった。

コンポラ・スタイル

コンポラとはアメリカン・コンテンポラリー・スタイルの事で、ハリウッド・スターの影響が強く出たスタイル。当時アメリカのTVドラマが大人気、その中でも ”ナポレオンソロ” “サンセット77” “逃亡者” など目新しい大人のスタイルが、若者のハートを掴む。アメリカン・スタイルにフレンチ風コンチのシルエットを取り入れた”いいとこどり”スタイルなのだが。日本では特に関西から人気が広まった。理由の一つに、大阪に谷町ナンバー6という紳士服メーカー団体があったのだが、VANのアイビーに対抗する方式を模索した際に、西海岸ハリウッド・スタイルと結びつく。また関西の若者は東京アイビーに対抗心が強く東京と違い一捻りしたアイビー・スタイルを好んでいたが、コンポラと結びつきコンポラ・アイビー・スタイルを生む。大手メーカーではなくアートジャケットやリングジャケットなど小規模なアパレル・メーカーがハリウッド・スター・スタイルを研究し人気となった。

アイビー仕様のステッチは残し上着丈を短く軽い絞りも入れ、細みのラペルは丸味を入れたクローバーラペルなどラペルにこだわる。(コンポラ・スタイルの詳しいディテール等は、以前のブログを参照してください)

モッズルック / ロンドン60’s ルック

”スィングギング・ロンドン”と呼ばれた時代、ポップカルチャーを謳歌するロンドン60年代の若者は、既存の権威あるスタイルを嫌い、HIPなアメリカやイタリアのスタイルを真似る。細身のスーツにスリムタイ、上にはミリタリーパーカーをはおり、改造スクーターに跨る。またアイビー・アイテムを取り入れ、日本のオーセンティック・アイビーとは違うロンドン・アイビースタイルへと進んでいく。労働者階級からの派生したと言う点では、BLACK IVYにもつながる流れかと。( ”さらば青春の光”は、モッズ・スタイルをチェックするのにピッタリな映画 )

さらば青春の光 より

ロンドン・アイビーと言われるモッズ、フレッド・ペリー、Dr.マーチン、リーバイス、ペニーローファーなどのアイテム、そしてポール・ウェーラーの着るホワイトのステンカラー・コートがアイコン。

60年代後半はメンズファッションが開花した時期、アイビーを中心にコンチ、コンポラ、モッズとこれらがお互いに影響し合う。日本のアイビーは、60年代これらのスタイルの取り込む事で、HIPなアイビー・スタイルを確立し、その後の生き残りに繋がって行く。

”アイビーはモードだった” 時代

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慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / アイビー黎明期は超HIP!

Kay Coffee Break

日本におけるアイビー黎明期は諸説あるが、60年代前半と考えてよいだろう。63年12月にアイビー・スタイル雑誌”MENS CLUB”が創刊、翌年64年春に男性エンタメ雑誌”平凡パンチ”が創刊、さらに10月には東京オリンピックが開催、その間にはあの”みゆき族”騒動もあった。そのあたりがアイビールック・ブームと言っていいだろう。

この時代、アイビールックは不良スタイルと言われた。(いつの時代にも始まりをやる人は異端者扱いで悪く言われるが) 理由の一つにアイビールックをする若者の社会でのポジションがある。当時、社会的には異端なデザイン学校生や美大生、ジャズ好きな若者、大学生とはいえ学校に行かず趣味三昧の若者などなど。大人の常識には嵌まらない輩であったから、当時の世相としてはバツだったが、感覚というかセンスは抜群で一歩抜け出ていた。

初期のアイビールックのスタイルは、今から見ると極めてオーソドックスなスタイルであった。しかしそんなアイビールックからは、研ぎ澄まされたセンスが滲み出ていた。タイトでナチュラルな肩幅のスーツ、パイプステムと言われるストレートなパンツはクルブシでカットされ、足元はオカメと言われるウィングチップ・シューズ。はたまたスィングトップやニット・カーディガンにストレート・シルエットのコットンパンツ、これもクルブシを見せた。

美術学校セツ・モードセミナーは、その後ファッション界をリードしていく若者たちに人気があったのだが、(アイビー・スタイル・イラストの穂積和夫氏も在籍) 創設者長沢節氏のイラスト、細身のパンツにクルブシ出しのパンツ丈、HIP!これが日本のアイビー・ルックに多大な影響を与えたと言われている。

74年から78年頃にかけてセツや文化服装などの美術学校生やデザイン学校生、多摩美などの美大生、ジャズプレーヤーとそのマニアなど、彼らは実にアイビーをヒップに着こなした。その後、彼らの多くがモード寄りのコンチに鞍替えする事で、アイビーはようやく本来のWASP的なアイビー・スタイルへと収まるのだ。74年から始まったわずかな間だが、彼らのアイビーは社会に強烈なイメージを残した。アートな彼らとアイビーとの出会いが、その後の日本のアイビーがヒップ!であり続けられる一因となったと考えられる。

よく比較されるBLACK IVYとの違いだが、かたやWASPに対して、かたや大人文化に対して、どちらも憧れと反発を服装で表したものだが、60年代日本のアイビーは、そのままのオーセンティックなスタイルとディテールから入ったのに対して、ブラックアイビーは、一捻りしたスタイルでジャズジィーアイビーが流行した。(ジャズジィーは、今の日本のストリートなアイビースタイルと気分が被るところがある) オーセンティックスタイルでHIPな気分を表現した日本の若者のセンスだからこそ、国や人種に関わらずインターナショナルに支持されたのだと思えるし、それが、後の ”TAKE IVY” 本が世界的にベストセラーになる事で証明された。

“アイビーはモードだった”時代

“TAKE IVY”
MENS CLUB “街のアイビーリーガー” より引用

60年代初頭ヌーヴェルヴァーク運動でフレンチ・カルチャーがモードの世界を席巻する。ゴダール映画”勝手にしやがれ”などのスタイルから、フレンチ・コンチネンタル・スタイルが人気に。63年頃からJUNやEDWARDS等はコンチルックを打ち出し、アート系の若者が徐々にアイビーからコンチへと変わり始めた。67年頃には、若者のファッションはアイビー派とコンチ派に別れる。コンチとは、フレンチ風ヨーロピアン・スタイルで、スポーティなアイビーとは逆でエレガントな雰囲気が特徴。それにアート系の若者も飛びついたのだった。

MENS CLUB “街アイビー” より引用

68年頃からは、アイビー対コンチの図式でファッションが盛り上がっていくのである。(続く)

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慶伊道彦 IVY TEXT / 第二章 その六

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

ニット・セーター

クルー・ネック・セーター

Brooks Brothers カタログより引用

アイビーのもっとも基本的な丸首セーター、クルー・ネック(船員衿) ボート競技から広まったと言う説もある。最もポピュラーなセーターは、シェットランド・セーターで、その豊富なカラー・バリエーションが魅力で学生たちに広まる。

アーガイル・セーター

アーガイルとは、格子柄の一種で、スコットランド西部の地名もしくはその領主名にちなむ。ダイヤモンド・チェックとも呼ばれ、ハッキリとした色合いの組み合わせによる菱形格子から成る。

チルデン・セーター

テニス・セーター、VANの石津謙介氏が命名した和製英語で、アメリカのテニス・プレーヤー/ウィリアム・チルデンの名にちなむ。ケーブル編みのオフ・ホワイトのVネック・プルオーバーでネック、袖口、ウエストにラインが入る。英国ではクリケット・セーターとも呼ばれる。

フェアアイル・セーター

フェアアイル・パターンとは、スコットランド北北東にある小さな島の伝統的民芸柄、カラフルな幾何学的なデザインを特徴とする独特の横段縞。ウィンザー公がゴルフ場で着たことから流行する。

レター・カーディガン

MENS CLUB より引用

袖や裾口にラインを入れ、左身頃に大きな文字を配した厚手カーディガン。学校名やクラブ名の頭文字を入れる。映画”のっぽ物語”でアンソニー・パーキンスの着るレター・カーディガンが人気になる。

スエット・シャツ

ニットの分類に入りプルオーバーのセーターと同じ形だが、スエット・シャツと呼ぶ。コットン100% もしくはコットン65%/ポリ35% が多い。キャンパスウェアとしてポピュラーで。通常は胸の位置にクラブ名やブランド名のロゴが入る。

コットン・セーター

プルオーバーなところは、スエット・シャツと同じだが、編み地が一重 ( スエットは二重) なので伸縮が大きい。夏の避暑地の一枚に欠かせない。

“In love with IVY” IVY Style Book

以下のお店にてお取扱しています。

*Book shop Magnif 東京堂書店2F

http://www.magnif.jp @magnif_zinebocho

*BEAMS / B印マーケット/ Hideki Takahashi

https://www.beams.co.jp/special/bjirushi_market/

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慶伊道彦 IVY TEXT / 第二章 その五

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

アイビー・コートの代表

ステンカラー・コート

石津謙介氏が名付けた “ステンカラー・コート” と通常は呼ぶが、国際的には「バルマカーン・コート」と呼ばれる。スコットランド/ハイランド地方のバルマカーン地名に由来する。1850年頃からこの地で着用されたゆったりとしたラグラン袖の七分丈ほどの末広がりのコートがオリジナルである。

VANの元祖ステンカラー・コートは、シンプルなアメリカのレインコートに近い。後ろの襟が高く、前が低く折り返す形が特徴。ラグラン袖でゆったりとした着心地がリラックスなシルエットを生み出す。また比翼仕立て(隠しボタン) が前をスッキリとみせる。素材はウール、綿、綿/ポリなど。バーバリー・コットンと呼ばれるベージュのコート地が一般的。丈は膝丈あたりで時代で前後する。二枚袖のラグラン袖だが、バーバリーの一枚袖と言う貴重な物もある。

ポロ・コート

Men’s Club より引用

ウエイト・コートとも呼ぶ、ポロコートと名付けたのは1910年、Brooks Brothers 。1929年、イエール大とプリンストン大のフットボール交流戦でブレークしたといわれている。Brooks Brothers のポロコートは、スタート当初はクリーム色のフラノ生地で貝ボタンが付いた。

ディテールとしては、マーティンゲールと言って背中にバックベルトが付くインパーテッド・プリーツ、フラップ付きポケットもしくはフレームドパッチ、ガントレットカフ、勿論、箱型長方形シルエットに太いミシン・ステッチが全てに掛かる。

ダッフル・コート

ダッフルコートの基礎となったイギリス海軍用は、裏地の無いキャメル色のダッフル・ウール生地、木製トグル、麻紐のループ、帽子の上から被れる大きなフード、膝までの丈、肩からの水の染みこみを抑えるためのストームパッチが施され、制服の一番上からでも簡単に着用出来る様にゆったりした作りとなっている。

代表的なアイビー・カジュアル・ジャケット

ハリントン・ジャケット

Men’s Club より引用

最初のハリントン・ジャケットはバラクータが1930年代にゴルフウェアとして製造したG9ジャケットである。「ハリントン」の名称は1960年代のドラマ『ペイトンプレイス物語』でライアン・オニールが演じた登場人物「ロドニー・ハリントン」に由来する。

軽量、長さはウエスト丈まで、素材は綿/ポリエステルで作られ、裏打ちはタータンチェックが伝統的なスタイルである。

同じカテゴリー商品だが、VANが名付けた”スイング・トップ” 、MacGregorオリジナルの”ドリズラー”、Baracuta G-9、いずれもゴルフウェアとして当初は作られた。

アワード・ジャケット

J.Press

日本では、スタジアム・ジャンパーとしてポピュラーだが、その名付け親はVANの石津謙介氏。元々は、ベースボール・ユニフォームのひとつで、ベンチでのインターバルや防寒着に使われていたもの。身頃がメルトン・ウールで袖部分はレザー製が一般的。当初はチーム名のみの刺繍やワッペンだったが、記念の試合や戦績をシニールと呼ばれるワッペンにして貼り付けるようになる。

写真は、全てMENS CLUBから引用しました

“アイビー・ディテール”は、雑誌MENS CLUBと星野醍醐郎氏からお聞きしたものを参考にまとめました。

“In love with IVY” IVY Style Book

以下のお店にてお取扱しています。

*Book shop Magnif 東京堂書店2F

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慶伊道彦 IVY TEXT / 第二章 その四

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

第二章 アイビー・ディテール

ネクタイ

シルク・レップのレジメンタル・タイ、クレスト、ロイヤル・レジメンタル、シルク・フラード・プリント、ウール・シャリー・プリント、黒のシルク・ニット・タイ。以上がアイビー・タイの基本的ネクタイと言える。

ロイヤル・レジメンタルーーーレジメンタル・ストライプの間に、ヘラルディック柄を飛ばしたネクタイ。クラブ・クレストとも言う。

フラード・プリントーーーシルク・ツイルやウール・シャーリーに使われるプリント柄で、花柄小紋やペーズリー柄の事を言う。基本的に大柄なものではなく、地味な小紋柄をアイビー・リーガーは愛する。

若い頃、石津謙介氏からお聞きしたことがあります。”ネクタイは何本持てば良いか” 氏曰く、”グレー無地タイ、黒ニットタイ、ポルカドットタイ、一本線レジメンタルタイ、これで充分でしょう” これは北村勝彦氏も同じようにおっしゃっています。これらを、プレーン・ノットで結ぶのがアイビー・ルール。

アスコット・タイ

シルク・ツイル地、ウール・シャリー地にネクタイ柄のフラード・プリント。元々は礼装用から生まれたスカーフだが、タウン用としてアスコット・タイの形が出来る。胸元から少しだけ見えるスカーフゆえ、シルクツイルのフラード・プリント小紋柄が、アイビーに似合う。

ベスト

スーツの場合は共地で揃えスリー・ピースとなるが、ファンシー・ベストとして別布も用いられる。英米では、オッド・ベストと言う。サクソニーやフラノの無地で作られる。柄では、タッターソール、タータン・チェック、グレン・チェックなどがある。

オッドベスト

ベルト

黒や茶の2.5cm幅、特にコードバンが人気。他には、レジメンタルやフラードなどネクタイ柄、タータンチェックなどカントリー柄の布を皮に縫い込むアイビーベルト。ゴム製ベルトはサマー・シーズンに合わせる。

帽子

アイビー・キャップ


アイビー・キャップ、ハンチング帽と違い被りが浅い、またバックサイドに尾錠が付くというアイビー・ディテールは欠かせない特徴。他、バケット・ハット、センター・クリース・ハット、チロリン・ハット、

靴

アイビー・シューズ / MENS CLUB

黒や茶のスコッチ・グレーン、コードバンのウィングチップやプレーントウ、ホワイト・バックス、サドル・オックスフォード、コイン・ローファーズ、チャッカー・ブーツ、モカシン、デザート・ブーツ、スニーカー、、、

サドル・オックスフォードーーー馬に掛ける鞍をサドルと言うが、このサドル状の皮を靴の甲に縫い合わせたオックスフォード型シューズ。基本は、ホワイト・オン・ブラウンだが、黒 x 黒、茶 x 黒などややドレッシー寄りのサドルもある。

平和堂靴店/広告より

ホワイト・バックスーーーバックスとはバックスキンの略、白のバックスキンのオックスフォード型の靴。ホワイト・バックスは、レッド・ラバーソール付きが本格的だが、茶の革底や白のラバーソールを使ったものが多い。また、白でなく、ベージュや汚れたグレー系で作られたものを、ダーティー・バックスと呼ぶ。

コイン・ローファーズーーーモカシン・フロントのスリッポン、ローファーとは、怠け者の意味で、紐なしでサクッとはけるので名がついた。アイビー・リーガーはこの靴にコインをはさんで履きペニー・ローファーズと言われる。アイビーらしく、バック・ベルトらしきモノがつくスリッポンが60’s感覚。

Back Sideにの出っ張りが特徴
左/コブラヴァンプ 右/ コインローファーズ

コブラヴァンプ、モカシンの一つで、蛇の頭の形状から名付けられた。装飾はないが上質のステッチがコブラの頭の様に縫い込まれた表情がクール。アイビー・スタイルのドレスアップに合わせるとピッタリとくる。

“In love with IVY” IVY Style Book

以下のお店にてお取扱しています。

*Book shop Magnif 東京堂書店2F

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*New York / McNally Jackson Books

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