慶伊道彦 IVY STYLE 講座 / BLAZER発展史 1

Kay こと慶伊道彦のCoffee Break

ブレザーの誕生はいつどこで?

MENS CLUB より引用

ブレザーの誕生には、クリケット起源説、ボートレース起源説、ブレザー船長説、などありますが、一番よく知られているブレザー起源説は、ボートレース起源説 (オックスフォード、ケンブリッジの対抗ボートレース)

1829年、対抗ボートレースは、その後恒例となっていくテムズ川で行われた。両校はユニフォームにそれぞれのスクール・カラーをあしらう。

1877年の頃、ケンブリッジ大学からはセントジョージ・カレッジが選抜され、レディマーガレット・ボートクラブが出場することになった。選手は揃って大胆な緋色と白のストライプのジャケットを着てキャップは共地、そしてパンツは白のフラノ。(そのようにあったと推測される)

これを見たケンブリッジ応援の観客が、”オオ〜ブレイザー!” (まるで炎のように赤いストライプだ!) といったところから、”ブレイザー” の名が付いた。セントジョージのカレッジ・カラーが緋色だったのである。

恐らくレディ・マーガレット・ボートクラブの選手は、クリケットのユニフォームを手本に新しいスタイルをつくったと想像できる。

背中が一枚布というのが分かる

ケンブリッジ校が着たブレザーの特徴だが、まず、胸開きの狭いシングル・ブレスト型で、メタルボタンの付いたデザインであった。生地は、フランネルで、裏地もパッドもない一重仕立て。必然的にポケットはすべてパッチ・ポケットとなる。背中は一枚の生地で仕立てられて背縫いがなかった。

ラウンジ・タイプのジャケットをいち早くスポーツウェアに持ち込んだのは、1863年、英国のクリケット選手で、これをきっかけに新型ジャケットはクリケット・ユニフォームとしてポピュラーになる。敵とチームを区別するために、大胆なクラブ・カラーのストライプ柄があしらわれていた。

“ブレイザー” の言葉が使われたもっとも古い例は、1880年6月19日のタイムズ紙と言われる。”男たちはスパッツをつけずにフランネルのズボンを穿き、クラブ・ブレイザーを着ていた” この頃、すでに各スポーツクラブでユニフォームのブレザーがあったことが窺える。

次回へ続く〜

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