Kay IVY Break
76年、POLO by Ralph Lauren 全コレクション日本上陸の年。(ネクタイのみ74年から菱屋とライセンスを組んでいた) それまでは、いわゆる並行輸入スタイルでPOLO商品を仕入れ販売していたメンズショップ (それも日本の上位クラスばかり) は、大慌て。なぜならこれからのPOLOは百貨店ブランドとなるので、各地での独占権イメージがなくなるためである。急遽、POLO外しの動きが出てくるが、今まで育てた顧客への対応も重要。いい意味でもあるが日本企業はモノマネが上手くしかも早い、すぐに需要に答えてPOLOライクなアパレルが乱立する。マークポロと言うまさにポロのブランドも。なかでもエーボンハウスは、テイジンメンズショップなど有力どころを押さえニュートラッド市場のトップに躍り出て、長く指示された。

また、この年雑誌ポパイが創刊、前年75年発売の本 ”MADE IN USA” と相まって、新しいライフスタイルを訴求する。スポーツ、アウトドア、ミリタリー、など若者発のL.A.カルチャーである。当然その流れを受けインポート・ショップが各地に増える。

第二次アイビー・ブームも見逃せない。70年にはセントラルアパートにバークレー、75年に原宿クルーズ、76年に原宿ビームス、77年に銀座シップス、いずれの店もアップデート・トラディショナルに反旗、オーセンティック・アイビーを売り物とした。この動きもある意味POLO離れの動きとも言える。その後、これらの店は、青山ボートハウスのスエット・ロゴの爆発的な人気とも同調し急成長していったのである。POLO日本上陸前後のメンズショップの動向を語った。


映画からもラルフローレンの世界観が見えて来る。77年ウディ・アレン監督主演の “Annie Hall” ここでは、70年代後半世界で一番ファッショナブルでエキサイティングな街ニューヨークのHIPなライフスタイルを魅せる。共演のダイアン・キートンの男物を生かしたスタイルの魅力が超人気となり、ローレン・ラルフ・ローレン・コレクションのきっかけとなる。ウディ・アレンのスタイルからは、これからのニューヨーク・トラディショナル・スタイルのクールさを感じ取れる。都会の中のM51フィールド・ジャケットが、これほどまでも魅力的だったのだと教え、その後のミリタリーやウエスタン、カントリー・スタイルへと広がっていく。ラペル幅の広いツィード・ジャケットは、2ボタン、サイドベントとなり、エルボーパッチが付く。そこにチェックのシャツを入れ、ウォッチ付き2タック・ハイウエストのチノパンを合わす。ニューヨーク・トラディショナルの基本となった。


79年、ラルフローレンは、満を持してポロ・ウエスタンを発表する。元々、ウエスタン映画ファンで古いアメリカのウェアなどに造詣も深く、数年前より自身のニュー・トラディショナル・コレクション発表の際にウエスタン・ハットやウエスタン・ブーツを合わせて高い反応を得ていた。リアルなそれまでのウエスタン・ウェアではなく、東部の上流階級が西部の自由な空気感を求める、東部と西部がミックスされた、そんなコレクションだ。POLOのウエスタン・ウェアは、クラシック・ショップのウェアと違い、アイビー的な雰囲気が漂っている。シャツ衿は小さくなり、生地もそれまでのアーリー・アメリカン生地でなくトラディショナルな素材だが、スナップボタンやダブル・ポケット、ステッチなどディテールはそのまま残した。また、ウエスタン・ジャケットではなく、普段使いのニュー・トラディショナル・ジャケットを羽織る。ヘリンボン・ツィード(リネン) の2つボタン、サイドベント、9~10cmの広幅ラペル。ブルー・ジーンズにはコンチョベルトを合わせ、ウエスタン・ブーツを履く。他にもダンガリー・シャツ、フィールド・ジャケット、リボンタイ、ウエストコート、ターコイズ・アクセサリーなど、ポロ・ウエスタンからブームになったアイテムは数多い。


日本でも同様な動きが始まり、東京では “ベイリー・ストックマン” 大阪では “ファニー” が代表的なウエスタン・ショップ。また、メンズショップ でも、コーディネートに、ウエスタンの要素を組み込んだ。ウエスタンと同様の動きが、ミリタリー、カントリー、サファリ、サーフィンなどライフスタイルの変化を組み込むファッションがニュートラッドの流れとなる。
これら一連のラルフローレン・スタイルの進化が日本でもマニアだけでなくGATSBY映画からのファンまでも取り込んでいく。ニュー・トラディショナル・スタイルは、ロングアイランドの邸宅イメージからニューヨークのヴィレッジ・イメージへと変わり、さらに多様なライフスタイル、(カントリー、ウエスタン、サファリ) 、これらを加えたポロ・イメージを構築したのが75~80年。そして ”TAKE IVY” 世代(20代後半~30代前半) の日本のラルフローレン・ファンも、アイビーからニュートラへと変わっていった。
70年代初めのニュー・トラディショナル・スタイルは、70年代後半に入るとニューヨーク・スタイルとなり、さらにL.A.や東京などストリート的な要素を帯びて来るのだった。
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