慶伊道彦 IVY STYLE 講座/ 70年代はアイビーがウェーブする

Kay Coffee Break

オーセンティック・アイビーがすっかり終わってしまった70年、ニューヨークに革命児が現れる。Ralph Lauren / 67年、ネクタイのリベッツを経てボー・ブランメルで自身のブランドを持つ。そして78年には、”ポロ・ファッションズ”を設立し、フルコレクションを展開。70年には、当時トレンドではNo. 1と言われたデパートのブルミングデールにインショップを開く、などと飛ぶ鳥を落とす勢いでデビュー。アイビーの進化系であるニュートラディショナル(Up Date Traditional) スタイルを打ち出した。

Ralph Lauren 初期の頃

RLの日本上陸は1976年、西武百貨店との契約から始まると通説ではなっている。フルコレクションという意味ではその通りだが、その2年前1974年にネクタイの菱屋が短期のライセンス契約をしている。実は僕自身がサラリーマン時代にニューヨークまで契約に行ったのだ。マンハッタン・アップタウンの豪華なマンションの一室が会社だった記憶がある。当時は、マンションをオフィスにする会社などなかったので、そのクールさが印象に残っている。残念ながらマネジメントに携わる実兄のみが契約時にいて、ローレン本人はチラッと顔を出されただけだったが、まだ27才と若い僕には実に刺激的な瞬間だった。

70年代のRalph Lauren /MENSCLUBより引用

78年ラルフ・ローレンは、新しい切り口であるウエスタン・アイビー(この呼称は日本だけかも)を発表した。古いウエスタン・フィルムがスタイルのインスピレーションだと語っていたのを何かの本で読んだ記憶がある。

31才の時に見た雑誌GQのトラッド特集の写真があまりにもクールだったので、僕の会社名に選ぶが、それがワシントンD.C.にあるラグジャリーホテルFAIRFAX HOTEL。(29才で創業した際の会社名が、POLO FASHOINSを真似て、RUE FASHOINSとフレンチな名前をつけたが、商品イメージと合わなく2年で変更した経緯が)

翌年1979年、2度目のFAIRFAX HOTEL訪問の際、ある日の朝、ホテルロビーでラルフ・ローレン氏とバッタリ!スタッフらしき数人と立ち話をしていらっしゃった。なんと素晴らしい光景なんだろうとしばし唖然として魅入った。(勿論、話しかける事はしなかった)

その時のウエスタン・アイビー・スタイルは、ずっーと僕の記憶に残る。ホワイト・オックスフォード・ボタンダウン・シャツに黒のリボンタイ、ツィード・ヘリンボン・ジャケット、コンチャ・ベルトにウエスタン・シューズ。これが本物のウエスタン・アイビーだと、興奮が続いた。

Ralph Lauren ウエスタン・アイビーに魅せられて

そう言えばワシントンD.C.では、もう一つ忘れられない出来事も!ワシントンのRL単独ブティックが素晴らしいと言う事で、訪問。しかし、ウィンドウ・ディスプレイ写真は暗くなければ撮れないという事で、早朝しかも夜明け前の5時頃撮りに出かけた。フラッシュ写真を何枚も撮っている時、大声がして瞬間後ろを振り返ったが、それがパトカーとは思わず危ない輩と勘違いして逃げると、突然サイレンが鳴り出しワンブロック手前でホールドアップ、パトカーに手を乗せて身体検査。(まさに映画のシーン) まともに英語も話せない上にあの状況だからなおさら。唯一分かりやすい言葉 ”I love Ralph Lauren“ 連呼!なんとか分署に連れて行かれず解放された。その当時、日本が商品のコピー問題で大騒ぎになっていて、それが頭によぎったのもあったが、あれ以来、日が出てからの撮影しかしない事にした。

70年代は、ニュートラディショナル以外にも、ヒッピー・ファッション、サーファー・ルック、雑誌ポパイからのアウトドアやへビーデューティ、これらのスタイルが流行りアメリカン・スタイルの中でもアイビーは忘れ去られた時期だった。その中で唯一アイビー派が愛したのはニュー・トラディショナル・スタイルだったのだ。

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